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執筆者の写真Byakuya Biz Books

世界でたった一つの競馬「ばんえい競馬」がファンを引きつける理由

更新日:2022年5月11日


(画像提供:ばんえい十勝)

北海道帯広市には世界でたった一つの競馬「ばんえい競馬」がある。体重1トン前後のばん馬と呼ばれる競走馬が、最大1トンの重い鉄ソリをひき、200メートルの直線コースで力とスピードを競い合うものだ。サラブレットがトラックを疾走する競馬とは一線を画す「ばんえい競馬」は存続の危機を乗り越え、ここ数年は前年比を上回る売り上げを達成してきた。復活の道のりから今後の課題、ばん馬の魅力まで、現場のトップであるばんえい振興室長の佐藤徹也さんに聞いた。



厩舎も直せない極貧時代


ばんえい競馬は今でこそ、毎年前年比を上回る売り上げと入場者数を記録するようになりましたが、ここに至るまでは本当に苦労の連続でした。


ばんえい競馬はもともと帯広市を含めた道内4つの市で運営していました。ところが、2006年末の時点で累積赤字が30億円を超えてしまい、存廃の話になったんです。そしていくつかの協議を経て、2007年から帯広市の単独開催として再スタートを切りました。


佐藤徹也さん。着任後は道内で場外発売所を設置するべく日夜奔走し、現在は4代目の室長としてばんえい競馬の舵を取る


私はそのタイミングで市から着任したんですけど、当時はとにかくお金がありませんでしたね。たとえば、レースの賞金は売り上げに応じて払う変動制(今は固定制)だったので、今では考えられないほど少ない金額でした。


競馬は基本的に馬券の売り上げで運営します。運営でもっとも費用がかかるのは、お客さんへの払い戻しです。だいたい4分の3ぐらいと法律で決まっているんです。また、ネットで販売した場合は、発売額に応じた経費もかかります。


そのため、競馬場の実入りは15パーセントくらいになります。そこから賞金や経費を出していくのですが、単独開催になった最初の5年はずっと売り上げが落ちていて、年間100億円くらい。毎年、「来年は続けられるんだろうか」と心配していました。


壊れたものすら直せず、来年に持ち越すことも少なくなかったですね。職員や生産者、調教師、ボランティアで協力して場内の壁の塗装をするなど、とにかく自分たちでできることは何でもやっていました。


場内の塗装も自分たちで行った



「三連単」「ネット」「観光」が、ばんえい競馬を救う


転機が訪れたのは2011年です。地方競馬で馬券購入のシステムが統一されることになったんです。それまでは各主催者が独自のシステムで馬券を販売していました。


ちなみに、競馬を開催できるのはJRA(日本中央競馬会)か、都道府県や指定市町村です。JRAが開催する競馬を中央競馬、都道府県や指定市町村が開催する競馬を地方競馬と言います。


なぜ、このことがばんえい競馬にプラスだったのか。それは「三連単」「三連複」が販売できるようになったためです。馬券には単勝や複勝といったいろいろな買い方があります。なかでも三連単がもっとも人気があって、売り上げのじつに45パーセントを占めるほどです。


三連単は1着、2着、3着まで順番どおりに予想しなきゃいけないので当たりづらい分、配当も高いわけです。その次に人気なのが三連複。これは1着、2着、3着の組み合わせを的中させる買い方で、12パーセントほどを占めます。


つまり、この2つが売り上げの半分以上を占めるわけですが、ばんえい競馬ではずっと三連単と三連複を買う仕組みがなかったんです。システムを更新したくても多額の費用がかかるので、ばんえい競馬だけで行うことはむずかしかったわけです。


三連単導入後はインターネットの販売も後押しし、2018年の年間売上高は244億2919万円、競馬場の総入場者数も28万9457人を記録しました。


中央競馬やそのほかの地方競馬では当たりまえだった「三連単」。三連単導入によって希望が見えたそう


来場者数も増えている背景には、競馬場に来たいと思ってもらえる施設づくりがあります。ばんえい競馬が再スタートを切ったとき、もっと家族連れや女性にも来てもらえるような施設にしていこうという意識がありました。


当時はまだまだギャンブル場という色合いが濃くて、タバコの吸い殻がそこら辺に捨てられているといった状況でした。競馬場で分煙を取り入れたのは、ここが最初のはずです。


また、営業終了後に清掃していたときはいつもゴミの山ができていました。今はつねに清掃員の方が回っているので、キレイな状態を保つことができます。施設はもう半世紀以上経っていて古いですけど、よく「キレイだね」と言われますね。


ゴミが落ちていないキレイな場内


観光地という役割も間口を広げる助けになりました。道外だけでなく道内からお越しになるお客さんも、観光目当てのことが少なくないからです。


競馬場に併設された「とかちむら」では産地直送の野菜や加工品などを楽しめますし、競馬場の裏側を案内する「バックヤードツアー」や引退したばん馬とふれあえる「ふれあい動物園」、季節ごとに開催するイベントなど、競馬以外でも楽しめることが浸透してきました。


とかちむらは多くの観光客が訪れる人気スポットに


売り上げだけを考えるならば、ネットだけに注力すればいいかもしれません。実際、ネット販売だけで8割を占めます。


でも、たくさんの人に競馬場に足を運んでほしい。なぜなら、ばん馬を見てほしいからです。ばんえい競馬が存続の危機を迎えたとき、関係者や市民、ファンが残すべきだとがんばったのは、北海道ならではの馬をなくしちゃいけないという気持ちがあったからだと思うんです。



世界でたった一つの競馬


ばんえい競馬はサラブレットが走る競馬とはまったく異なります。1トン近い「ばん馬」が鉄製のそりを引き、直線のコースで速さを競うんです。


ばん馬は北海道の開拓時代を支え、人々とともに歩んだ農耕馬としての歴史をもっています。もともと馬の価値や力を試す競争として、綱引きや人を乗せてひかせる力比べ、ソリに米俵などの重りを載せて競う形式に変化し、今に至ります。


サラブレットとは違う歴史をもつばん馬(画像提供:ばんえい十勝)


上がサラブレット、下がばん馬の蹄鉄。ばん馬のサイズから生産方法、蹄鉄、馬具まで、何一つサラブレットと同じものがないため、ばんえい競馬がなくなるとばん馬の生産もなくなってしまう(画像提供:ばんえい十勝)


直線コースの2カ所には土手のような障害物が設けられていて、とくに2つめの障害は1.6メートルの高さがあり、手前でばん馬は止まります。レースの途中で馬が止まるなんて、サラブレットの競馬ではありえないですよね。はじめて観たとき「なんで途中で止まるの?」と不思議がる人もいますから。


一気に坂を駆け上がることができないから、馬と人の息を合わて、調子を見ならが登るんです。坂で手こずった馬がゴールするときなんかは拍手が起きるほどです。


最大の見どころである第2障害を駆け上がるばん馬(画像提供:ばんえい十勝)


ばんえい競馬はサラブレットの競馬とは異なる、世界でたった一つの競馬です。それがおもしろさであり、むずかしさでもあります。


競馬新聞の見方も違うし、予想の仕方だって違います。ばんえい競馬を深く楽しもうと思ったら、少なからず時間がかかります。サラブレットの競馬とは違う競技ということを理解してもらわないといけません。


私たちはどうやってばんえい競馬やばん馬の魅力を伝えることができるのか。まずはここのスタッフが競馬やばん馬を好きであってほしい。場内にはビギナーコーナーとして、馬券の種類や買い方などをガイドしていますが、興味がなかったら伝えることはできません。


また、一つのチームとして、ばんえい競馬を盛り上げていきたい。私がスタッフに言うのは、当たりまえのことなんですけど、「みんなの名前を覚えなさい」ということです。ばんえい競馬は帯広市が運営していますが、市役所の職員は6人です。あとは民間企業に委託しているわけです。競馬場にいくつか会社が入っているイメージです。


市役所は委託者で、民間企業は受託者という関係と言えますが、私は会社の垣根を越えて、みんなで一緒にやっているんだという意識です。だから、名前を覚えることからはじめたい。


私一人では何もできません。いろいろなスタッフが入って、アイデアを吸い上げながら、自分からはアレコレ言わないようにしている。だから、ここ(室長室)でおとなしくしているんです(笑)。


競馬場には10社以上の民間企業が業務を担当(画像提供:ばんえい十勝)


ばん馬の歴史や背景まで知ったらより楽しめるはずですが、どこまで伝えるべきか。そのヒントは「ニコニコ生放送」にあると、最近は思っています。レース中継はYoutubeやニコニコ生放送でも観ることができます。


なかでも、ニコニコ生放送ではレース中に視聴者が活発にコメントをしてくれます。そのうえ、ほかの競馬番組にくらべて比較にならないくらい数が多いんです。よく観察すると、ほかの競馬番組は競馬のレースに特化したコメントのやりとりが多い一方で、ばんえい競馬は負けたばん馬を応援するなど、あたたかいコメントが多い。


まだ明確な答えは出ていないんですけど、ここに何かヒントがあるんじゃないか。番組の最後にはアンケートもあって、ばんえい競馬はいつも9割近くが「よかった」という評価です。競馬番組を観るのはふつう馬券を購入した人のはずです。


だから、レースで負ければ「よくなかった」に投票しがちです。ということは、ばんえい競馬ならではの付加価値がレースにあり、それこそばん馬の魅力なのかなと思います。そこをもっと伝えていければ、ばんえい競馬に興味をもってもらえる入り口になる。最初は馬券を買ってもらえないかもしれないし、ちょっと遠回りかもしれませんが、ばん馬の魅力を伝えることが根本にあるべきだと。


ばん馬とお客さんが並走できるほど距離が近いことも魅力の一つ(画像提供:ばんえい十勝)


公営競技を遊ぶ人たちがよく言うのは、「競馬、競輪、競艇、ばんえい」なんです。競馬はサラブレットが走るもので、ばんえい競馬も競馬なんですけど、別ものという扱い。その個性をしっかり残していきたい。


ばんえい競馬は小さい街の競馬です。「帯広には、ばんえい競馬があるよね」と地元の人に信頼されるような施設であり、競馬に興味がない人でも楽しんでもらえるような施設をつくっていきたいと思います。

 

帯広競馬場

北海道帯広市西13条南9丁目

開催日:毎週土・日・月曜日

入場料:100円(15歳未満無料)

TEL:0155-34-0825

※レース時間は日により異なります。詳細はHPをご確認ください。

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