『USO 2』
編集:野口理恵/著者:いとうひでみ、岡藤 真依 ほか/出版社:rn press/ISBN:9784910422008
小説、エッセイ、漫画……さまざまな切り口で描く「嘘」
『USO 2』はその名の通り嘘をテーマとした文芸誌の第2号だ。嘘というのは普遍的なテーマだと思う。嘘とまったく無関係に生きている人はおそらくいないだろう。嘘をつく人も、嘘をつけない人も、嘘をつかれやすい人も、みんな多かれ少なかれ嘘と関係を持ちながら生きている。
「大人の条件は上手に嘘をつけることだ」。誰が言ったかまったく思い出せないのだが、ずいぶん昔にどこかで見聞きした記憶がある。この言葉を知ったとき、なぜだかわからないが不思議と納得させられた。自分には大人の自覚みたいなものが希薄なのだが、その理由を言い当てられた気がしたのだ。
本号の特集が「YOU・ユー・あなた」ということで、このクールでチャーミングな文庫本サイズの本にはなかなか切実な内容が詰まっている。2020年は村上春樹が『一人称単数』を刊行したり、短歌ムック『眠らない樹 vol.5』では「短歌における「わたし」とは何か?」という特集が組まれたりして何かと「わたし」について考えさせられる年だったなとぼんやり思っていた。そんな中で本書の特集が「あなた」ということで、なんだか対照的だ。版元のrn pressは以下のように本書を紹介している。
漫画家や文筆家、歌人など、さまざまなジャンルで活躍する人たちが、これまでついてきた「嘘」をテーマにエッセイを寄稿。何が本当で、何が嘘かを読者に委ねるスタイルの本書。作家渾身の「嘘」をお楽しみください。
この文章を読むと、読者はある魔法にかけられてしまう。ここに書かれていることは本当のことなのか? それとも嘘なのか?という疑問が頭から離れなくなるのだ。はじめに「本当か嘘かはあなたに委ねます」と宣言することで書き手の信頼性を低く設定する、いわゆる「信頼できない語り手」と呼ばれる叙述トリックだ。
この魔法の効果ははなはだ強く、簡単にやり過ごせるものではない。目次に含まれていない作品「茶碗一杯の嘘」が存在していたり、公募作品の応募先メールアドレスのドメインがgmai.comだったりするのは単なる誤植なのか(gmail.comでは?)、それとも仕掛けられた嘘なのか? 「読者の窓」に掲載されている読者からのお便りももしかするとすべて創作かもしれない。いや、さすがにそれは考えすぎか。素直に読めばそれでいいのだ……なんてことをぐるぐる考えてしまう。
歌人・木下龍也さんが寄稿するのは「嘘であればいい嘘」というエッセイだ。両親についている二つの嘘について告白している。木下さんがどんな嘘をついているのかは本書を読んでいただくとして、タイトルにもあるようにその嘘自体が嘘だったらいいのに、と木下さんは言う。そう言われるとこちらとしては「もしかするとこの嘘の告白自体が嘘かもしれないぞ」とその可能性についてつい考えを巡らせてしまう(ややこしい)。
小説はその定義そのものに嘘(虚構)だという前提がある。本書には二つの小説が掲載されている。荻窪の本屋Titleを経営する辻山良雄さんは『ある一生』という小説を寄稿している。「辻山良二」という人物の一生についての短い小説だ。本書の編者である野口理恵さんは『かわいいあの子』という小説を書いている。二人とも小説を書くことが生業ではないため、「あえて」小説という形式を選び執筆したのだと考える。そこにはどういった意味合いがあるのだろうか。
小説を書くという行為と嘘の間にはどこか通ずるものがあるように思える。人が嘘を必要とすることのヒントが隠れていそうな気がする。そのまま説明すると言いたいことの半分も伝わらないな、という場面に遭遇することはよくあるものだ。いっそのこと何か別の話に置き換えてしまったほうが大事なことを失わずに伝えることができるのでは、と。伝えたいことが伝われば、それが嘘か本当かはあまり問題ではない。
最初に嘘は普遍的なテーマだと書いたが、読んでいる最中に「これは自分のことを書いているのかな?」とドキリとすることが何度かあった。おそらくそれぞれの読者がそういったポイントを発見できるだろう。
字数の関係ですべて紹介することができないが、そのほかにも多様で豪華な執筆陣がそれぞれ嘘にまつわるエッセイ・漫画・写真を寄せている。編者の野口理恵さんは『WIRED日本版』編集部を経て独立された方で、2021年からrn pressとして出版業を本格スタートするとのことだ。今後出版される本が楽しみだ。
尾崎大輔(おざき・だいすけ)
本屋BREWBOOKSを東京・西荻窪で営む。文学やエッセイ、詩歌、短歌、俳句など独自の選書による棚づくりのほか、クラフトビールの提供や、2階のスペースで製本教室、句会、編集者のオフィスアワーなどの催しも開催するなど、独自の取り組みでファンに愛されている。
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