top of page
検索
執筆者の写真ふじいむつこ

【古本屋のリアル②】古本屋の仕事は座っているだけ?

更新日:2021年9月28日



尾道で兄が経営する古本屋を舞台に、妹のふじいむつこさんがその日常を描く「古本屋のリアル」。第2回は古本屋の仕事について。一見、店の奥でただ座っているだけの店主。裏ではいったい何をしているのか? 今回もその知られざる実態をキュートなぶたと一緒にのぞいてみよう。



古本屋の仕事はこう見えていそがしい


 兄が古本屋をはじめてから、私は街で古本屋を見かけてはふらりと立ち入るようになった。


 店の外に出ている100円均一の棚を眺め1~2冊手に取ってから店の中に入る。手に持つ本を買い求めるために店主の姿を探すが、仄暗い店内で目につくのは本ばかりだ。本の垣根を分け入り、その洞窟の奥で店主を見つける。彼らはひっそりと、しかしそれなりの存在感を持って、番台に座っている。


 番台に座る彼らは本を読んでいるか、パソコンをぼんやりながめているか、欠伸をかみ殺しているか……あまり商売気があるようには見えない。

 その例にもれず、兄もたいがい番台に座っている。「いらっしゃいませ」と少しよそいき声でお客さんを出迎え、番台から出ることなくお客さんに本を渡しお金を受け取る姿がデフォルトだ。


 そんな調子だから、「古本屋は座っているだけでいい、楽な仕事だな」なんて軽く考えていたこともある。


 ところがどっこい、古本屋が座っているだけの仕事なんて大嘘である。むしろ肉体労働なのだ。そう考えを改めたのは、兄の店を手伝いはじめてからだった。


 第一に本は重い。何を当たり前のことを言っているのだと思われるかもしれないが、本当に重いのだ。仕入れ後となれば、パンパンに本が詰められた段ボールを何箱も店内に運び込む。さながら引っ越しである。引っ越し作業を毎週やることを想像してほしい。それも1人でだ。


 そして大量に仕入れた本を一冊ずつ値付けし、すでに入る隙もなさそうな本棚にああでもないこうでもないと出しては入れて出しては入れてを繰り返しながら本を詰めていくのである。

 そんな大量にある本の在庫を把握することも欠かせない。兄に頼まれ店番をした際、お客さんにある本の在庫を聞かれたことがある。作品名はおろか、作者名もはじめて聞く名でまったく検討がつかない。まごまごしながら私はすぐに兄に電話をかけた。


「ああ、それはないのだけど、確か番台前の棚に……」


 さらりと答える兄。結果目当ての本はなかったのだが、同じシリーズものの本を紹介することはできた。生まれて初めて兄を尊敬した瞬間である。

 しかし、これはまだ序の口である。


 古本屋の仕事において最も大変なことは、最初に書いた「番台に座っている」ことなのである。店番をした際、私は一時間もしないうちに根を上げそうになった。待てど暮らせどお客さんは来ない。そう思って読書に集中しようとした途端、ふらりとお客さんがやって来ることもある。来るやもしれないお客さんに思いを馳せながら、私は入り口と時計を何度も見やった。


 何より本に囲まれているということがこれほど苦痛になるとは想像しなかった。本は本でも古本は人の気を吸ってきている。長年にわたって人々の手に触れられてきた本には、持ち主の思い出や気持ちが上塗りされているのかもしれない。


 それは本のカバーの折れや染み、古本が醸し出す独特の湿気を帯びたような匂いとして立ち現れ、店全体の空気を重厚なものにしている。その空気に触れ続けているだけで肩の辺りが重たくなってくる。


 古本独特の汚れや匂いは経年劣化ともいえるし、持ち主の愛着の証ともいえるが、いずれにせよ最終的には持ち主の手を離れ、古本屋で売られているのである。もう必要なくなってしまったのか、大切が故にほかの人にも読んでもらいたいと思ったのか、一度は持ち主に見染められたこの本がなぜ今ここにあるのか、その本の一生、持ち主の顔や性格まで私は勝手に妄想し、疲れ切ってしまうのだ。


 幸か不幸か妄想する材料は四方八方、ところせましとあり、時間もたっぷりとある。私は古本が持つパワーに押し潰されそうになった。兄を含めて、あの番台に日夜座り続けている全国の古本屋の店主は尋常じゃない精神力の持ち主であり、悪く言えば正気じゃないのである。

 閉店間際に兄の店に行くと、屍のようになった兄の姿をたびたび発見する。古本のパワーにやられたかと思うが、お客さんとの会話が盛り上がって疲れてしまったらしい。兄はほかの店主に比べてしゃべりすぎなのである。


 世間話にはじまり、最近話題の作家やアーティストの話で盛り上がっていたかと思うと、気づけば落語がはじまっている。座っているだけだと思った番台はステージに様変わりし、開店から閉店までショータイムなのである。


 これは一見、本の売れ行きに関係ない行動に思えるが、会話の中でお客さんが好きそうなジャンルを探ったり、また行きたいと思わせたりする一種の営業活動なのではないかと私は推測している。またお客さんとの会話で最近の流行を知ることもあり、マーケティングリサーチともいえる。が、実際はただのおしゃべり好きなのかもしれない。

 これは古本屋というより個人事業主ゆえの苦労かもしれないが、釣り銭がなくて困っていることがよくある。以前、ささいな用事のために両替してもらおうとお願いしたら、これでもかというぐらい目を見開いた兄に「お前舐めてんのか」とシメられたことがある。


「お兄ちゃんはなぁ、釣り銭を用意するためにコンビニとかでお札を崩して生活してんだよ!」


 そんなに怒るもんかねと思ったが、あまりの剣幕に出しかけたお金をおずおずと財布に引っ込めるしかなかった。それにしても紙には困らない(ただし古い紙に限る)兄が銭のために東奔西走しているとはなんとも皮肉な話である。

 

ふじいむつこ

1995年生まれ。広島県出身。物心ついた頃からぶたの絵を描く。2020年に都落ちして尾道に移住。現在はカフェでアルバイトしながら、兄の古本屋・弐拾dBを舞台に4コマ漫画を描いている。

Twitter@mtk_buta

Instagram@piggy_mtk

 

あわせて読みたい

bottom of page