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執筆者の写真沖 俊彦

小規模? 手作り? 結局、クラフトビールって何? 

更新日:2022年4月29日



最近、日本でも盛り上がりを見せるクラフトビール。全国各地で多種多様なビールが造られているだけでなく、大手ビールメーカーも参入するほどだ。これは一過性の流行なのか? それとも産業として定着するのか? 本連載では、クラフトビール中心の総合ドリンクマガジン「CRAFT DRINKS」を運営する沖俊彦さんに、5回に渡って業界の現状や課題、展望などを示していただく。初回は、実はあいまいなクラフトビールという定義について。



線引きがはっきりしない、クラフトビールとそれ以外


 近年世界的に流行を見せ、ここ日本でもクラフトビールが人気です。アメリカでのブームを受けて、日本でもかつて地ビールと言われたものが2010年代からクラフトビールへとその名を変化させ、徐々に浸透し始めました。ここ数年、大手ビール会社もクラフトビールと称する商品を多数投入してきており、スーパーやコンビニで見かけることが増えました。


 しかしながら、クラフトビールとは一体何なのかよくわからない方も多いのではないでしょうか。小規模、職人技、こだわり、手作りなどさまざまなキーワードが思い浮かびますが、どれもあいまいです。たとえば、「小規模な醸造所がつくる多様で個性的なビール」と言われてもどれほどまでが小規模で、いくつあれば多様なのか、没個性ではないビールとは何かなどの疑問が浮かびます。こういう言説が出回っていてクラフトビールとそうでないものの線引きがはっきりしないので混乱するのは当然です。


 私はクラフトビールを単なる商品だとは思っていません。人間の精神活動が醸造という行為を通じて世に現れ、その発露と消費とがセットになった「現象」だと捉えています。液体それ自体だけではなく、それを取り巻く人や環境をも含んだ多角的なものです。ですから、どういう立場から眺めるかによってその意味や解釈は異なります。唯一無二の万人に共通するクラフトビールは定義できないと思うのです。クラフトビールがなんともわかりにくいのはどのような視点によるものなのかを確認せず、互いの意見をすり合わせる作業を省いて議論してしまうからでしょう。非常に地味で面倒なのですが、皆でていねいに議論しながらクラフトビールの輪郭を作っていくことが重要だと考えています。


 本連載ではクラフトビールについて経済活動、地域や社会との関わり方などさまざまな視点を盛り込んでクラフトビールの今を多角的に見てみようという試みです。ビール片手に気軽に読んでいただけたらと思います。



アメリカにおけるクラフトビールの定義


 さて、前置きが長くなりましたが、始めていきましょう。最初はアメリカにおけるクラフトビールの定義についてです。Craft beer(クラフトビール)はアメリカ発祥の文化で、諸説ありますが1980年代にこの言葉が使われ始めたと言われます。よく「アメリカにはクラフトビールの定義がある」とされるのですが、これは正確性を欠く表現です。醸造家の加盟する業界団体である「Brewers Association(ブルワーズアソシエーション、以下BA)」が「Craft Brewer(クラフトブルワー、醸造家の意)」を年間生産量・独立性・ライセンスによって定義しているだけで、ビール自体には言及していません。定義されているのはあくまでも醸造家です。このような人たちが醸造したビールのことを一般的にクラフトビールと呼んでいるということを押さえておきましょう。


 業界団体であるBAはなぜクラフトブルワーを定義しているのでしょうか。もちろん消費者への啓蒙も一つの大きな課題ですが、BAは醸造家の団体なので会員である彼らに資する活動をすることが第一義です。その意味ではクラフトブルワーを定義するということはビールに関する税や法律を変えるロビー活動をするためであるという側面もあります。定義に合う醸造家を束ねて団体としての発言力を高めるという意味もあるのです。事実、BAの活動により小規模事業者に対する税の減免措置が法案として可決されていたり、各方面で活躍しています。定義は大手寄りではなく中小の事業者向けの政策を実現するべく政治活動を行うための錦の御旗である、という見方もできるわけです。そして、その意味において手作りだとかこだわりは一切考慮されませんし、消費者の想いもまったく関係ありません。非常にドライなものです。


 現在、アメリカにおけるビールのうち数量ベースでクラフトビールが12%以上を占めるまでになりましたが、こういう統計情報もBAの基準にのっとって計測された結果です。BAは加盟する醸造家から逐次さまざまなデータを吸い上げてまとめていて、シェアの計測のみならずその他マーケティングなどに活用できるようにしています。定義すること、つまり大手と中小を客観的に区別する基準を作ることによって市場規模の計測が可能になったと言い換えることもでき、その意味で定義は統計的指標であるとも考えられます。これまでに何度も定義は変更されていますし、定義の妥当性については議論がありますが、統計基準を作り出してクラフトビール産業を可視化したという意味では業界発展に大きく貢献しているものだと考えます。


 BAはあくまでも民間の業界団体であってその定義は独自のものです。法律によって国のお墨付きを得たものではありません。消費者がクラフトビールをどのように考え捉えるのかは自由なので、これを唯一無二の定義であると考えるのは早計です。現在一般的になりつつあるイメージは業界団体であるBAの視点から見た、事業者を念頭に作られたクラフト像であることは頭の片隅に入れておいてください。



一方、日本の場合は……?


 それでは、日本はどうでしょうか。一般にはあまり知られていませんが、日本にも定義している団体があります。全国地ビール醸造者協議会(JBA)という中小のビール会社が加盟する団体が2018年に独自の定義を発表しています。条件は3点で以下の通りです。


1.酒税法改正(1994年4月)以前から造られている大資本の大量生産のビールからは独立したビール造りを行っている。

2.1回の仕込単位(麦汁の製造量)が20キロリットル以下の小規模な仕込みで行い、ブルワー(醸造者)が目の届く製造を行っている。

3.伝統的な製法で製造しているか、あるいは地域の特産品などを原料とした個性あふれるビールを製造している。そして地域に根付いている。


全国地ビール醸造者協議会(JBA)より引用

http://www.beer.gr.jp/local_beer/


 あいまいな条件が多く、この定義の妥当性については疑問が残るものの、ロビー活動団体として一致団結するための旗印としては機能しています。アメリカ同様、ビール醸造は酒税に関係する産業なので、その調整および業界全体の発展のためロビー活動を行う必要があります。実際、その活動の結果、ビール製造免許取得事業者に対して納めるべき酒税の一部減免が認められていますし、自民党にクラフトビールに関する議員連盟も発足しました。この点においては成果を上げています。


 BAに倣うならばもう一点の統計指標としての点についても触れておきましょう。本連載を執筆している2022年1月現在、JBAからこの定義に沿った情報による統計は発表されていないようです。JBAの定義、特に2と3の部分が客観的ではなく情緒的なのでデータ抽出には向かないのかもしれませんが、今後何らかの形で発表されることを願っています。そうしないと正確な市場規模も分からず、季節変動も読めません。アメリカのようにデータを活用して日本のクラフトビール産業をアップデートすることが望まれます。


 日本ではこのような団体の存在もその定義もまだまだ世間には知られていません。1994年に地ビールが始まってからまだ30年弱しか経っていないので歴史的にはまだまだこれからです。この定義が妥当なのか、日本における事業者向けのクラフトビールをどのように定義すべきかなどについてはもっと議論をしなくてはならない段階だと思われます。



業界発展のために必要なのは、客観的な言葉の定義とその活用


 80年代に始まり、2000年代から大きく盛り上がったアメリカのシーンを見て2010年代に私たち日本人はクラフトビールを知りました。誰がそうしたのかもはやわかりませんが、当初日本に紹介されたときに業界団体によってそれ相応の意図のある定義であったことがこぼれ落ち、小規模・手作り・こだわりなどの情緒的なキーワードが独り歩きしてしまったのかもしれません。おしゃれな最先端のアメリカンカルチャーとして受け入れたおかげで「BAの視点では」という注釈付きの説明はそれほど行われずにきてしまった可能性があります。


 前述の通り、BAの定義も一つの考え方で、クラフトビールに対する想いはひとそれぞれで構いません。消費者個人が持つ感情的なイメージと業界団体による定義はまったく別の話としてきっぱり区別して認識できると良いのですが、世間一般にそのような認識はまだまだインストールされてはいません。


 現在中小のビール会社のみならず国内大手ビール会社もクラフトを冠した製品を投入してきていてマーケットにはさまざまなクラフトビールであふれています。ビールに限らず「クラフト」という言葉はなんとなく良いものをイメージさせるので近年マーケティング上の強いキーワードとして機能していますし、事業者側がクラフトと名乗るのもまた自由であるからこそ「XXXXの視点では」という条件付きの議論をていねいに行う必要があると考えます。特にメディアでの扱われ方には注意が必要で、誰にとってのものなのかを一人ひとり考えて頂きたいと願います。


 日本の現状においてはとりあえず非大手の醸造所が作るビールをクラフトビールだと考えておけば良いと思われますが、業界発展のためには事業者のために客観的な定義を作って利活用すべきでしょう。それとは別に、消費者はクラフトビールについて自由に捉え、考えるべきです。クラフトビールという言葉に付随する小規模・手作り・こだわりなどのイメージについては各人微妙に異なるでしょう。


 ビールが好きだという総論には賛成でもクラフトビール観という各論では反対であることが往々にして起こります。そうであっても互いに尊重し合いながら少しずつ自らその幅を広げていくのがクラフトビールシーンです。近年話題になるダイバーシティ&インクルージョンと同じことだと思います。クラフトビールというものは常に作られていく、現在進行形の現象です。ビール片手に各々差異や同一性、その視点について議論し、より多くの人がクラフトビールについて考え続けることが今後のシーン発展に寄与していきます。

 

沖俊彦(おき・としひこ)

CRAFT DRINKS代表

1980年大阪府生まれ。酒販の傍らCRAFT DRINKSにてクラフトビールを中心に最新トレンドや海外事例などを通算750本以上執筆。世界初の特殊構造ワンウェイ容器「キーケグ」を日本に紹介し、販売だけでなく導入支援やマーケティングサポートも行う。2017年、ケグ内二次発酵ドラフトシードルを開発し、2018年には独自にウイスキー樽熟成ビールをプロデュース。また、日本初のキーケグ詰め加炭酸清酒“Draft Sake”(ドラフトサケ)も開発。ビール品評会審査員、セミナー講師も務め、大学院にて特別講義も。近年自費出版の形でクラフトビールに関する書籍を発行中。

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