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執筆者の写真沖 俊彦

クラフトビールの流行を支える、ブルーパブの魅力

更新日:2022年4月29日



クラフトビールは盛り上がっている――でも、実際のところ、業界の状況はどうなっているのか? この連載では「CRAFT DRINKS」の沖俊彦さんにさまざまな角度から語っていただくことで、クラフトビールの現在地を明らかにしていきます。第2回は現在増加しているブルーパブを中心に、クラフトビールのビジネスモデルについて考察します。



クラフトビールはなぜ高い?


 中小のメーカーが造るクラフトビールは高いとよく言われます。実際、大手の定番品が350ml缶で200円ほどで売られているのに対して、クラフトの大きな醸造所でも300円弱、中小のものでは400~500円、あるいはそれ以上で販売されています。この価格差はどうして生まれるのでしょうか。今回は、クラフトビールは産業としてどういう構造になっているかを確認し、今流行の業態について見ていきたいと思います。


 クラフトなのかそうでないかは問わず、ビール醸造はずばり設備産業です。タンクのサイズとその本数および稼働率で製造量は決定され、そこから最大の売上高も決まります。単純化して言えば、大きなタンクをたくさん所有し、それをどんどん稼働させてビールを製造・販売できれば儲かるということです。実際に大手ビール会社は機械による自動化やさまざまな技術を駆使して少品種・大量生産することでこれを実現していて、単位あたりのコストを相対的に下げています。その結果、商品の売価も下げることができるので私たちは手頃な価格でビールを楽しむことができるわけです。


 これに対して中小のクラフトビール醸造所は仕込みサイズが小さく、機械化、自動化も進んでいないので人力で作業しているところばかりです。そして、醸造所が狭くて保有するタンク本数も少ない。また、製造量が少ないために原料である麦芽やホップもスケールメリットを活かせるほど仕入れられません。大手の少品種・大量生産と比較すると多品種・少量生産で、その結果出来上がるビールの量に対してかけるコストが高くなってしまいます。


 ビールについては諸外国と比較して税金が高いとよく言われますが、それは大手も同じ条件ですからここでは一旦無視するとしても、クラフトビールが高いのはとにもかくにも原価が高いということに尽きるのです。事業者側の視点で考えると事業継続のために粗利を確保しなくてはならず、その結果商品売価を高く設定する必要があるということになります。クラフトビールは高いもの、なのです。



増加するブルワリーの新規開業の背景にあるもの


 それでも、近年のクラフトビールの流行を受けてブルワリーの新規開業が増えています。実際に醸造所の数がどのように推移してきたか確認していきましょう。国税庁が毎年発表している「酒のしおり」では地ビール製造免許場(者)数の推移を表にしています。


(国税庁の表を元に編集部で作成)

年度

平成6年

7

8

9

10

11

12

13

14

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

25

26

27

28

29

30

令和元

製造場数

6

24

103

209

251

264

262

239

230

263

244

234

223

211

206

201

194

190

180

179

181

180

182

184

395

395

製造者数

6

24

95

194

231

242

240

228

220

251

232

223

213

200

196

191

184

183

174

173

174

173

174

176

368

372

※1製造免許場(者)数は、各年度末(3月31日)現在のもの

※2平成6年4月1日以降ビールの製造免許を取得した製造場(者)で、大手ビールメーカー(5社)及び試験製造免許に係る製造場(者)を除いたもの(酒税法の一部改正〈平成6年法律第24号〉により、ビールの製造免許に係る最低製造数量基準が2,000kLから60kLに引き下げられた)

※3平成29年度税制改正によりビールの定義が拡大され、平成30年3月31日現在で発泡酒の製造免許を有していた者に対し、ビールの製造免許が付与された。


国税庁「地ビール製造免許場(者)数の推移」より


 平成15年度(2003年)に251社、263軒の醸造所がありましたが、徐々に減少して平成25年度(2013年)に173社、179軒まで少なくなりました。しかし、アメリカでの流行を受けて2012~2013年あたりから地ビールという言葉がクラフトビールに取って代わるようになり、東京や大阪を中心に専門の飲食店も増え始めます。それに伴って醸造所も増加に転じ、令和元年度(2018年)には372社、400軒と最盛期を大きく上回る数になりました。


 資料の注にあるとおり、この表では「平成6年4月1日以降ビールの製造免許を取得した製造場(者)で、大手ビールメーカー(5社)及び試験製造免許に係る製造場(者)を除いたもの」および「平成29年度税制改正によりビールの定義が拡大され、平成30年3月31日現在で発泡酒の製造免許を有していた者に対し、ビールの製造免許が付与された」ものを数えているので、税制改正後の発泡酒製造免許事業者は含まれていないことを注意しましょう。そちらを含めると500軒を超えると目されています。醸造所が増えていることは確実で、新規参入の多いホットな分野であることは間違いないでしょう。


 醸造所には大きく2つの形態があります。世界的にはProduction Brewery(プロダクションブルワリー)と呼ばれる容器に詰めたビールを外販だけするものが一般的ですが、ほかにBrewpub(ブルーパブ)というものがあります。ブルーパブは醸造所と飲食店がセットになったもので、醸造所で造ったばかりのフレッシュなビールが併設飲食店で提供され人気を博しています。特に日本では発泡酒免許を取得したブルーパブが増加中です。


 ブルーパブは出来たてのフレッシュなビール、そこでしか飲めないビールを求める飲み手の要望に沿った業態と言えますが、消費者に対して直接販売することは事業者側にも大きなメリットがあります。日本でスモールスタートする場合、ブルーパブは自社生産ビールを販売するのに適した業態です。その理由を挙げていきましょう。



スモールスタートに適したブルーパブのメリット


 まず製造量についてです。現在ビール製造免許取得には1年間に最低60kL生産しなくてはなりません。60kLというと330ml瓶で18万本分です。これだけ製造できる設備を購入するには相当なお金がかかりますし、それを設置できる場所を確保するのも容易ではありません。そして、造れたとしても売れなくてはなりませんが、スモールスタートの会社にそれだけの販路がいきなりつくれるかは怪しい。ビール製造免許で独立開業するのは相当ハードルが高いのです。


 一方、発泡酒製造免許であれば最低年間6kLでいい。発泡酒とはいえ、ビールには認められない副原料をごくわずか入れて発泡酒扱いすることが可能で、レシピによっては実質ビールと変わらないものが造れます。小さく始めるならこちらを選択するのが合理的です。


 次に販路についてです。免許を申請する際、見込み販売先を書面にして税務署に提出しなくてはなりません。造り始める前に最低年間生産量以上売れることを示さなくてはならないというのは何とも理不尽なのですが……。実際、免許取得後当初の計画どおり卸売ができるとも限らないので自社飲食店で販売できればリスク軽減になります。もちろん集客できれば自社だけで6kL以上販売することも可能ですから販路として併設飲食店は非常に重要です。

独立開業時の免許取得に関わる最低年間生産量や販路の点だけでなく、マージン・賞味期限の点でもブルーパブは有利です。これらについても見ていきましょう。


 まず初めにマージンについてです。問屋を通じて全国に卸売することに取り組んだとすると問屋、その先の酒販店がそれなりの利益が取れる卸値の設定が必要になります。先述のとおりクラフトビールは元々価格を高く設定しないと利益の出ない性質のものですが、流通事業者向けの卸値を設定すると醸造所の儲けがガクンと減ります。とはいえ、設備が小さいので減少分を補うためその分増産できるとも限りません。そのため飲食店や酒販店には問屋を経由せずに醸造所から直接卸売することがクラフトビール業界ではよくあります。中間マージンを省いて直販したほうが利益が多いですから、自社で消費者と直接接触できる場を持っておくに越したことはありません。


 次に賞味期限についてです。タンクの空きスケジュールがないほど造ったものが売れていけば規模に応じてそれ相応の利益を出すことは不可能ではありません。しかし忘れてはならないのは、ビールはほかの酒類、たとえばワインと違って賞味期限を付けなければならず、販売可能な時間に制限があることです。ホップによる苦味、風味を生かしたIPA(インディアペールエール)というタイプのビールが現在人気ですが、ホップの成分は時間とともに変化、減退するので一般に早く消費したほうが良いとされます。品質保持や消費者の飲用体験の質という観点で考えると流通在庫時間が短いほうが良いのです。


 ですから、流通は使用せずに消費者に近くて早く提供できる方法は最善策です。その意味で、すぐ隣で醸造したフレッシュなビールを併設飲食店ですぐに出せるというのは、流通在庫時間が最小になる最高の環境です。在庫状況も直接把握できるのでこまめに醸造スケジュールを調整できるのも利点と言えるでしょう。


 ポイントをまとめます。日本における発泡酒製造免許のブルーパブという形態には①最低年間生産量が少なくて販路もあるので免許が取りやすく、スモールスタートに適している、②中間マージンを省き、利益を向上させることができる、③流通在庫時間を最小化できるというメリットがあります。クラフトビールが好きになって独立を考える際はブルーパブをぜひ検討してみてください。



ブルーパブの魅力はビジネスモデルにあるだけではない


 ここまでブルーパブが独立開業に適した形態であることを見てきましたが、万能というわけでもありません。上述のとおり、ビールは設備産業です。タンクのサイズと本数、その稼働率で売上規模が決まります。数年以内に設備増強をするつもりで広めの場所を借りておくのなら良いですが、ギリギリの規模で始めてしまうと事業が好調でも拡張できず、頭打ちになってしまいます。設備産業にもかかわらず、スケールさせることができないのです。開業前に事業計画を策定すると思いますが、「クラフトビールで一発当ててやる!」とお考えの方はご注意ください。


 最後にビジネスと違った視点でブルーパブについて少し綴っておこうと思います。ビジネスとしての拡張性には乏しいけれども、ブルーパブには目の前に飲み手がいて自分の手で作ったビールで喜んでいただけるという何にも代えがたい幸せがあります。どこかに出荷して知らない誰かが飲んだとしても「瓶ビールがXXX本売れた」という数字で把握されがちですが、「自分の作ったビールがXXX回の乾杯に直接関われた」という確かさがブルーパブにはあるのです。


 そういう意味ではビジネスというよりも生業、もしくはビール職人という生き方の実現という側面が強いのかもしれません。大量生産・大量消費の画一的な時代が終わり、多様な働き方が選択できるようになった今、自分の仕事に手触りがあってそれを実感できることはすばらしい。ブルーパブに注目が集まるのはそういう意味もあるのではないかと考えています。

 

沖俊彦(おき・としひこ)

CRAFT DRINKS代表

1980年大阪府生まれ。酒販の傍らCRAFT DRINKSにてクラフトビールを中心に最新トレンドや海外事例などを通算750本以上執筆。世界初の特殊構造ワンウェイ容器「キーケグ」を日本に紹介し、販売だけでなく導入支援やマーケティングサポートも行う。2017年、ケグ内二次発酵ドラフトシードルを開発し、2018年には独自にウイスキー樽熟成ビールをプロデュース。また、日本初のキーケグ詰め加炭酸清酒“Draft Sake”(ドラフトサケ)も開発。ビール品評会審査員、セミナー講師も務め、大学院にて特別講義も。近年自費出版の形でクラフトビールに関する書籍を発行中。

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