市場規模がどんどん大きくなっている(と言われている)クラフトビール。最近ではスーパーやコンビニでもクラフトビールが置かれているので、飲んだことがある人も多いのではないだろうか。そんなクラフトビールの特徴の一つが商品ラインナップの豊富さである。地元の素材を使った斬新なものから飲みやすいフルーティーなものまで、多種多様な味を楽しめる。山梨県小菅村に本社と工場を構える「Far Yeast Brewing」も、個性的なクラフトビールを造る醸造所の一つ。和の食卓に映えるビールとして開発された「馨和 KAGUA」をはじめ、数々のアワードを受賞する注目の醸造所だ。元IT企業という異色のキャリアを持つ代表の山田司朗さんに話を聞いた。
複雑化しつつあるクラフトビール市場
――まず、クラフトビールの定義についてお聞かせください。よく「小規模な醸造所が造る個性的なビール」のように言われることが多いように思います。
定義に関しては見解が分かれていますが、個人的にはクラフトビールはアメリカから来たものなので、アメリカでの定義(※)を尊重すべきだと思っています。国によってお国柄やビール文化の成熟度合によっても異なりますから、何をもって大きいのか小さいのか判断することはむずかしい。それでも、クラフトビールは草の根的に広がっていくものなので、そうであるからには小規模というのは一つ重要な視点になると思います。
また、日本の場合、地ビールという下地があって、そこにアメリカから入ってきたクラフトビールという文化と融合したというか、うまく取り入れた結果、今のクラフトビールになっているのではないでしょうか。
※アメリカの業界団体、ブルワーズ・アソシエーションでは、小規模で独立した醸造所を「クラフトブルワリー」と定義している。
――地ビールというと、粗製濫造といったネガティブなイメージもありますね。
地ビールブームが沈静化していったのは、いろいろな要因があると思います。まずクオリティー面では、技術的なアップデートがなかった。最初にドイツ人のコンサルタントを呼んできて、言われたとおりに造るだけ。ビール造りではさまざまな問題が起こりますから、トラブルシューティングが必要です。つまり学びながら技術を向上させていかなければなりません。その点でちょっと変化についていけなかったのかなと。
また、地ビールブームは文化的に成熟しなかったとも思っています。というのは、今のクラフトビールには草の根的なコミュニティーがあります。ヘイジーIPAが流行れば、それが多くのファンに共有されて、いろいろなお店で出されるようになる。ところが、地ビールブームのときは、どちらかというと「地域の特産品を作りたいから、ドイツのこういうスタイルのビールを持ってこよう」というように、当てはめていくだけのものだったので、文化的な下地やコミュニティーが育たなかったのだと思います。
――今のクラフトビールの市場をどのように判断されていますか?
クラフトビールの存在自体は、認知度も高まっていて、コミュニティーの力も感じます。ファインダイニング――いわゆる高級レストランでクラフトビールが取り扱われることが増えたり、最近は日本酒界でも「クラフトサケ」と呼ばれるムーブメントがありますけど、そうしたところとの交流があったりなど、規模は大きくなっていますし、成熟もしていると思います。
ただその一方で、昔ほど単純ではなくなったとも言えますね。たとえば、大手メーカーの関与が日本でも海外でも結構、大きくなってきています。醸造所の買収やクラフトを付けた商品の発売など、単純に良い/悪いと言えない複雑な状況になっています。
山田司朗さん。Far Yeast Brewing株式会社 代表取締役社長。サイバーエージェントやライブドアといった大手IT企業を経て、2011年にクラフトビールで起業。現在は「Far Yeast」「馨和 KAGUA」「Off Trail」といった個性的なクラフトビールの製造・販売のほか、東京・五反田、静岡県・熱海、福岡県・福岡、大阪・福島区、台湾・北京の5カ所で直営飲食店も展開している。
まったく新しい下地から誕生した「Far Yeast Brewing」
――山田さんは2011年、まったくの別業種からこの業界に参入されたそうですが、どうしてクラフトビールで起業しようと思ったんですか?
海外に住んでいた経験が大きいですね。今から17~18年前、海外赴任と大学院留学でヨーロッパに3年ほど住んでいたんです。当時はビールにくわしくなくて、ビールといえば大手メーカーが造る工業製品だと思っていました。ところが、ヨーロッパには伝統的な小規模ブルワリーがたくさんあったんです。
パブに行けば、小規模ではないですけど、ギネスやエルディンガー、ヒューガルデンなどさまざまなビールが置いてある。特にミュンヘンではストリートごとにブルワリーがあるような感じで、自分の思っていたビールとまったく違うことに興味を持ちました。何も知らなかっただけに、すごく新鮮だったんですよね。ビールには伝統的な文化があり、多様性があり、それが尊重されながら今に至っているから、小規模なブルワリーでもちゃんと成立している。
そんなカルチャーショックを受けたのと時を同じくして、当時留学していた大学院の卒業生が起ち上げたコブラビールというイギリスの会社を知りました。インド料理に合うビールというコンセプトを掲げているんですけど、その卒業生は元会計士なんです。僕もビール業界の人間ではありませんでしたが、日本食に合うビールっていうアイデアを持っていて、「もしかしたら自分でもできるんじゃないか」と思ったんですね。だからどちらかというと魔がさして会社を作った感じですね。
――そのときのアイデアを商品化したのが「馨和 KAGUA」ですね。
そうです。海外で暮らしていると、日本の食文化がリスペクトされていることがわかるんです。本格的な日本料理は格式が高い。でもそんなお店で、いわゆるコンビニやスーパーで売っているビールが提供されていることに違和感を抱いていました。
フレンチの高級店なら、スーパーで1ユーロで売られているようなテーブルワインは出しません。生産者の顔が見えて、ソムリエが吟味したそのお店の料理との相性がいいものを出すと思うんですね。そこに大きなギャップを感じて、日本料理店に提供できるビールを造ってみたいと思って。
「馨和 KAGUA」
――ビールは設備産業と言われますけど、小規模の醸造所としてやっていくにあたって、ハードルの高さは感じませんでしたか?
創業当時から世界市場というか、世界に発信するという思いが強かったんですね。たしかにビールは設備産業という側面が強いですから、どれだけ「クラフトだ」「手作りだ」と言い張っても、大きな規模で造ったほうが効率もいいですし、大きな規模で個性的な、魅力的なビールが造れれば、そっちのほうがいいとは思います。それからは逃れられないですけど、僕としてはヨーロッパに住んでいたこともあって、世界に発信できるんじゃないかという思いが強かったので、割に合わないとは考えなかったですね。
――地産地消というよりも海外市場を意識されていたんですね。
ヨーロッパ、特にイギリスや北欧のスタートアップはみんな外向きなんですよね。たとえばフィンランドやノルウェーは自国の市場だけではすごく小さいから、最初から世界市場をねらいます。日本はGDPでは世界第3位かもしれないけど、これから経済力は相対的には力がなくなっていくし、人口もどんどん減っていく。
そんな状況が進む以上、日本国内だけでビジネスをすることにそれほどの意義を感じないんです。縮小していくマーケットのニーズは、今存在している企業で満たせるはず。だからこそ、新しく始めるなら日本から世界に発信をすることなんじゃないかなと思っています。
――未経験で参入されて、販路はお持ちだったんですか?
最初は知り合いの飲食店に案内に行っていました。ほぼ足で稼ぐという感じでしたね。数は何件ぐらいかな……70~80軒くらいまでは成約率がよかったんです。ボトルビールって、実は置いてもらう障壁があまりなくて。樽生ビールは大手メーカーとの協賛の契約があってすごくむずかしいけど、ボトルビールは1アイテムぐらい増えるのは問題ない。試しで置いていただけることが多いんです。ただ、80軒を超えたあたりから伸び悩むようになりました。
成約率が逆転して、2割ぐらいしか取ってくれなくなってしまった。やり方を変える必要に迫られたとき、松屋銀座、デパートでの販売をすることができたんです。百貨店でのギフト需要、手土産として販売をさせていただきました。その結果、売上を伸ばすことができて、実績が積みあがってきたという感じですね。
――売上高はここまで順調に推移しているんですか?
順調ではありますが、一時期停滞したことがあります。ベルギーの委託工場がキャパシティーの限界を超えてしまって、販売の機会損失が起こりました。3年ぐらい売上高約1億円が続きましたね。そのため、2014年に国内での契約醸造も始めました。その時期にスタートしたのが「Far Yeast」シリーズです。
源流醸造所
――創業時はベルギーの醸造所との契約醸造でスタートし、現在は山梨県に自社工場をお持ちです。これは予定通りでしたか?
本当は創業から5年ぐらいで自社工場を作りたかったんですけど、資金調達をはじめ、いろいろむずかしくて結果的に7年後になってしまいました。山梨を選んだのは、もともと売れていたのが東京と海外のマーケットだったので、まずは東京へのアクセスがいい場所であること。なおかつ輸出をするので原発、放射能の風評被害がない場所という点から、関東近郊では山梨県に絞られていきました。特にアジアは厳しくて、いろいろな検査や原産地証明も必要で。現実的に山梨県以外の選択肢がない中、たまたま小菅村に行き当たりました。
――工場設立と同じ年に直営店もオープンされています。直営店の魅力はなんでしょうか。
工場と同じタイミングをねらったわけではありませんが、いつか直営の飲食店は欲しいと思っていました。2020年には渋谷の店を五反田に移転し、ブルワリー併設の飲食店をオープンしました。ブルーパブのメリットは、造ったものがそこで売れることと、ビールに旅をさせなくていいので、そこだけで販売するなら設備投資額も少なく済むんですね。ビンや缶も必要ないですし。
また、製造と提供が同じ場所だと、ブランドの世界観を伝えやすいんですよ。お店に行くと、ビールの全体像が見えるわけじゃないですか。海外の都市型のブルワリーは大きなブルーパブを持っていて、お店の内装や従業員を含めて、世界観が表現できている。一方でパッケージビールでは世界観を伝えるのがなかなかむずかしい。それをマーケティング屋でもないスタートアップがするのはさらにむずかしいことなんです。僕が起業したときはブルーパブはほとんどありませんでしたが、もし2022年にスタートするならブルーパブを作ると思いますね。
Far Yeast Tokyo Brewery & Grill
クラフトビールの個性は作り手の思いと消費者目線から生まれる
――小規模ならではの強みをあえて挙げると何がありますか?
いくつか考えられますが、一つはメッセージを伝えやすいことです。作り手やチームがどういう思いで造っているかが見えやすい。もう一つは、大きく造ることのデメリットでもありますが、大手メーカーは何万ケースという単位で造らないとビジネス的な意味がないんですよ。ですから、1本1000円するトリプルヘイジーIPAを10万ケースも造るのはむずかしいと思います。小さく始めてコアなお客さんにメッセージをちゃんと伝えられるのは小規模のメリットだと思いますね。
――クラフトビールにユニークな商品が生まれやすいのは小さいからこそなんですね。
そうですね。
――「馨和 KAGUA」はその点、海外の人にもウリは伝わりやすかったんですか?
はい。香港やタイ、アメリカのインポーターさんと交渉したとき、最初はこんなに高いビールは売れないと言われましたが、フタを開けてみる値段はあまり関係なかった。コンセプトがすごく立っていれば価格はあまり問題にならないんです。これがたとえば、AのブルワリーとBのブルワリーが同じクオリティーでアメリカンIPAを出していて、価格が2割ぐらい違ったら安いほうが選ばれますけどね。
つまりほかに代わりがないコンセプトのものを作ることができれば、販売に関してはやりやすいので、商品開発の自由度は上がりますね。
――クラフトビールにおいてはやはりコンセプトというかそれに伴う味が大事なんですね。
実は「馨和 KAGUA」のようなパッケージ商品とブルーパブなどで提供されるビールでは「味」に対するアプローチが変わるんです。というのも、味には含まれる要素が多くて、パッケージ商品では、品質の一貫性が味の大きな割合を占めるんです。飲むたびに違う味では、パッケージ商品として成り立ちません。出来立てのビールは同じ味でも半年後には全然違ってしまっては成立しないんですよね。そうなると、その味に含まれるものはかなり広範囲になり、製造で管理しなくてはならない項目もものすごく増える。
もしブルーパブで一期一会的に提供しているビールなら、品質の一貫性はあまり考えなくていいですよね。もっと個性のとがり具合が占める割合が増えてくる、そんなイメージですね。
――なるほど。品質の一貫性も味に含まれるのか……。
パッケージ商品に関してはほぼそうなります。「ハッとするようなおいしいビール」という印象と、「期待していたけど劣化していておいしくない」という印象では、どうしてもネガティブな経験のほうが強く残ってしまいます。だからいかに残念なビールを減らしていくかが物を言うと思います。
Far Yeast
――「馨和 KAGUA」「Far Yeast」「Off Trail」など、個性的なブランドがラインナップされています。ブランドが違えばコンセプトも味も違う中で、商品を開発する際に共通して欠かせないポイントはありますか? 今のお話だと品質管理がすごく大きなウェイトを占めるとは思いますが……。
定番ビールに関しては、作り手として改善したいところ――たとえばホップの香りをもう少し前面に出したいとか、ガス圧をもう少し調整したいとか――はつねに微調整をするようにしています。一方で限定ビールに関しては、うちでいうと「Off Trail」はほぼすべて限定扱いなんですけど、自由な発想を重視しています。
ただ、自由な発想といっても、お客さん目線が欠けてしまうと、独りよがりなものになってしまいます。お客さんがどういうビールを飲みたいのか? 何を期待して手に取るのか? こうした想像力を働かせるように気をつけています。
Asia Beer Championshipで2年連続金賞受賞した「Kriek in the Barrel」
――作り手の思いだけでは足りない?
単純に作り手の好奇心だけで発想するのもアプローチとしては間違っていないと思いますが、お客さん目線という線引きはつねに持っておいたほうがいい。そうじゃないとだんだん独りよがりになり、自社の都合が大部分を占めてしまいます。たとえば、工場であるホップが大量に余っている状況があったとき、作り手の発想が「余っているから使っちゃえ」というゆがんだ形になる可能性があるんです。やはり自由な発想を大事にしつつ、「本当にお客さんのためになっているのか」という目線は大事だと思いますね。
――それは「マーケティングの結果、30代の女性が支持している味」のような視点ではないわけですね。
個人経営の飲食店が「今日は水曜日で、いつものお客さんが来るから、こんな食材を用意しておこう」と考えるイメージですね。
クラフトビールの裾野を広げていくために必要なこと
――「産業化によって画一的な大量生産商品になってしまったビールの多様性と豊かさをもう一度取り戻す」をミッションに掲げられています。ここで言う多様性とは、ビールの種類や作り手、販売チャンネルなどを指しているという理解でいいのでしょうか。
はい。あとは、新しい味を探求する楽しみという意味での多様性もあると思います。よくビアフェスのイベントがありますよね。何十ものブルワリーが出店して、何百種類のビールが用意されている。そしていろいろ飲み比べてみて、みんなでワイワイやりながら自分の好みのビールを見つけていく。または、ボトルビールを家飲みするにしても、何種類も買ってきて、みんなで開けてちょっとずつ飲むと楽しいじゃないですか。そういう楽しさが僕の原体験としてあって、これは多くのクラフトビール好きの人たちにも共通していると思います。
――ビールの多様性と豊かさをもう一度取り戻すためには、何が必要でしょうか。
答えはまだ見つかっていないですけど、クラフトビールのとっつきにくさを解消しないといけないですよね。先ほどお客さん目線と言いましたが、あまりにも選ぶ種類が多いと、わずらわしい面もあります。どれを選んだらいいのかよくわからないし、めんどうくさいと思われてしまうかもしれない。
――よくあります……。
うちでは一つの取り組みとして、直営店でフードペアリングを意欲的にやっているんですよ。「このビールにはこのフードが合いますよ」と。すると、選ぶ切り口ができるので、ビールに興味がなかった人でも、多様なビールに入っていきやすいとのではないかと。
そのほか、社会の課題解決という側面で言うと、アップサイクル(本来は捨てられるはずだったものに新たな価値を与えて再生すること)の切り口を持ったビール造りもしています。メルシャンさんと一緒に摘房(途中で間引きをすること)で、本来は土に還してしまうブドウをビール造りに活用して製品化したり、はねだしで加工品に回る桃を活用して桃のビールを造ったり。社会的に意義があることを切り口にして、興味を持ってもらう。そんな工夫もしていますね。
Far Yeast Grapevine 2
――いろいろな入口を用意されているんですね。
ひと昔前は、クラフトビールの中でもクオリティーのばらつきが激しかったんですけど、アメリカでも日本でも全体のレベルは結構上がってきています。つまり、おいしいことが当たりまえになってきた。昔はおいしいビールを造りさえすれば、商売としても成り立つと思っていましたけど、今はただおいしいビールを造るだけではなくて、ほかの切り口も探さないといけないと実感しています。
――その点、「馨和 KAGUA」「Far Yeast」など、ブランドとして確立している印象です。
まだまだ上には上がいると言いますか、改善したいところはたくさんあります。よく工場見学に行くんですけど、他社の製造現場を見ると、「ここまでやっているから、ここのビールはおいしいんだな」と勉強になることが多いですから。最近は日本酒も見に行ったりしますよ。
――ほかのお酒造りを見ることも重要ですか。
大手メーカーには過去から綿々と続く確立したノウハウがありますよね。でも、僕らはそれをすっ飛ばしていきなりパッケージの缶ビールを造っているんですよ。すると、その過程で学びそびれていることが結構多いんです。
たまたまおいしいビールができることもあります。ただそれが何千回も造っていくと、途中で学びそびれたことがきいてきてしまうことがある。そうしたことをなるべくなくすために、いろいろなノウハウを学ばないといけないなと思っています。だから他社さんの現場、うちの場合は特に今後新工場の予定もあるので、その規模に見合った他社さんの製造現場は積極的に見るようにしています。
――最後に、山梨応援プロジェクトと題した限定醸造商品がありますが、今後、山梨を冠した商品開発などの予定はありますか?
山梨を冠するかどうかはわかりませんが、予定はしています。ある程度の期間において、リブランディングも含めた見直しは必要だと考えています。そのサイクルが近年、早まっているからです。クラフトビールの業界は新しいお客さんがどんどん増えていて変化も早いので、既存のブランドであっても見直したり、新しいブランド、新しいビアスタイルの定番を加えたり。そうしたことは適宜必要になってくると思いますね。