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執筆者の写真Byakuya Biz Books

今こそガウディ! 担当学芸員と「ガウディとサグラダ・ファミリア展」を読み解く


サグラダ・ファミリア聖堂、2023年1月撮影 ©Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família


スペインが誇る建築家、アントニ・ガウディ。「7つの世界遺産を作った天才」「20世紀の偉大な建築家」として知られ、日本でも非常に人気のある建築家である。そんなガウディをテーマにした企画展「ガウディとサグラダ・ファミリア展」が東京国立近代美術館で開催されているのだが、これが連日多くの人でにぎわっているのだ。なぜ今ガウディなのか? ここまで多くの人を惹きつける理由は? ガウディの独創性はどこから来た? 実は超合理的な人だった? 本展を企画した東京国立近代美術館 企画課長の鈴木勝雄さんを迎え、その魅力を紐解いていく。予習はもちろんのこと、一度行った人はもう一度行きたくなるはずだ。


【アントニ・ガウディはこんな人】

《ガウディ肖像写真》 1878年、レウス市博物館


スペイン、カタルーニャ地方のレウスに生まれ、バルセロナを中心に活動した建築家(1852-1926)。カサ・ビセンス、グエル公園、カサ・バッリョ、カサ・ミラ、サグラダ・ファミリア聖堂など、世界遺産に登録された建築群は、一度見たら忘れることのできないそのユニークな造形によって世界中の人々を魅了し続けている。

ちなみに、はずかしがり屋で人前に出ることを嫌ったガウディは写真嫌いでも有名。このポートレート写真は建築学校を卒業して間もない頃のもの。



いよいよ完成か!? 注目を集めるサグラダ・ファミリア聖堂


――本展を拝見しましたが、幅広い年代の方がお越しになっていました。ガウディ、サグラダ・ファミリアの知名度はやはりすごいですね。


ガウディの知名度の高さが前提ではありますが、本展がグエル公園でもなければ、カサ・バッリョでもなく、サグラダ・ファミリア聖堂に焦点を当てたガウディ展だから、という点も大きいのではないかと想像しています。


実際、「なぜ今、サグラダ・ファミリアなんですか?」という質問を多く受けますが、我々としては今が最適なタイミングだと思っているんです。というのも、長らく未完の聖堂と言われていたサグラダ・ファミリアですが、ついに中央の「イエスの塔」が、ガウディの没後100年を記念する2026年に完成予定だとアナウンスされたからです。


もう少し時間はかかるかもしれませんが、この壮大かつユニークなガウディのアイデアがギュッと詰まった建物が、いよいよ完成しようとしている。だからこそ、ガウディの建築思想や造形原理を掘り下げる展覧会を実現しようと思いました。


サグラダ・ファミリア聖堂、2023年1月撮影 ©Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família

右に見える「聖母マリアの塔」は2021年12月に完成。中央が2026年完成予定の

「イエスの塔」


――たしかに、サグラダ・ファミリアは今なお建設が続いていますね。


ガウディの時代を扱うとなると100年前の出来事、つまり過去を振り返ることになるわけですが、サグラダ・ファミリアに関して言うと、過去のものであると同時に現在進行形のものでもあります。


19世紀後半のガウディが生きた時代の芸術あるいは建築の動向だけでなく、ガウディの遺志をその後の人たちが引き継ぎながら、ある時は自分たちの想像で埋め合わせることで今の形を作り続けている。そんなサグラダ・ファミリアの事情も、これだけ多くの人を集めている理由の一つではないかと思います。


ちなみに、図録もすごく好評をいただいていて、個人的には表紙がよかったのではないかと思っています。「降誕の正面」という、典型的なサグラダ・ファミリアのイメージを持ってくる案もありましたが、この写真は今しか撮れない姿です。「聖母マリアの塔」は完成しているけど、「イエスの塔」はまだ完成していない。つまり、この瞬間に僕らが立ち会っているという感覚をもたらすイメージなのです。


東京国立近代美術館 企画課長 鈴木勝雄さん。東京国立近代美術館企画課長。1968年生。東京大学大学院修士課程修了。1998年より東京国立近代美術館に勤務。専門は日本および西洋の近代美術史。同館で担当した企画展に「沖縄・プリズム 1872‐2008」(2008年)、「実験場 1950s」(2012年)、「アジアにめざめたら:アートが変わる、世界が変わる 1960-1990 年代」(2018年)、「柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年」(2021年)などがある。



現物を持ってこられない建築展でできること


――絵画などの展覧会と違って、建築は現物を持ってこられないですよね。その点での苦労はありましたか?


現物を持ってこられない建築を、美術館という空間でどう表現すればいいのか。当館では建築関連の展覧会をコンスタントに続けていますが、答えは一つではないんですよね。特にこのガウディ、サグラダ・ファミリアは資料などがあまり残ってない、非常に難しい対象ですから。


そんな中で、残された模型にガウディのどんなアイデアがつまっているのか、部分が有機体のようにからみあってサグラダ・ファミリアの全体をどう生み出したのか――その関係がよくわかるような構成を心がけました。展覧会の空間に立った人が会場のさまざまなビジュアルイメージから、なんらかの繋がりを発見していただけるように。


本展はガウディのアイデアの源泉を探る前半パート(第1章/ガウディとその時代、第2章/ガウディの創造の源泉)と、それらがサグラダ・ファミリアに結実する過程をたどる後半のパート(第3章/サグラダ・ファミリアの軌跡、第4章/ガウディの遺伝子)に大きく分けることができますが、できるだけ簡潔な展示を心がけ、アイテムを厳選しながら文脈をつくりました。


アントニ・ガウディ《クメーリャ革手袋店ショーケース、パリ万国博覧会のためのスケッチ》 1878年、名刺の裏、レウス市博物館

バルセロナで有名な革手袋店の経営者クメーリャから、1878年パリ万博に出品するショーケースのデザインを依頼される。このスケッチはデザイン案を名刺の裏に描き留めたガウディのオリジナル。


――なるほど。その結果、建築展ならではの体験ができるわけですね。


本展は映像と模型を中心にした建築展です。オリジナルの彫刻やガウディの描いた設計図、スケッチなどもありますが、建設のプロセスを紹介する第3章は模型が中心で、ほとんどが複製です。それでも、空間デザインと4K映像によって立体的な展示が実現しました。映像に関してはドローンの許可を取って撮影したもので、最新の状況がわかる映像です。現場で我々が肉眼で見ることができない視点から、建物と周りの市街地の関係を確認することができます。このような映像の力も駆使して、ガウディの本質に迫る体験を提供しようと試みました。



建設のプロセスを隅から隅まで見ることができる


――サグラダ・ファミリアは巨大建築なので、装飾の細部や構造の仕組みが間近で見られるのも魅力ですね。


「降誕の正面」に配置されている外尾悦郎さんの彫刻も、現地で見るのとは違って、展覧会の中で初めて見ることができるリアルな姿をあらわしています。また、実際の建物の中に入ってしまうと、いろいろな細部に圧倒されて、構造だけが浮き上がって見えることはありません。放物線状に柱が内側に傾いて、建物全体の重さをきちんと支えている構造が模型の前に立つとわかるようになっているんです。


これまでのガウディ展は、どちらかというとガウディの仕事全体を紹介するものが多かったように思います。もちろんカサ・ミラもグエル公園も魅力的なガウディの作品ですが、今回は思い切ってサグラダ・ファミリアに収斂するような構成を取ったがゆえに、構造的な問題――力学や幾何学の問題まで深く掘り下げることできました。フリーハンドで自由な造形を作った人という従来のガウディ像を更新することができたのなら幸いです。


外尾悦郎《サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面:歌う天使たち》 サグラダ・ファミリア聖堂、降誕の正面に1990-2000年に設置、作家蔵 写真提供:株式会社ゼネラルアサヒ


――たしかに、あの特徴的な曲面が直線だけで作られているのは意外でした。


直線で構成されている曲面だから、多くの職人との協同作業を可能にしたのです。こうして、さまざまな人々の協力によって作り上げる建築において、ガウディは複雑な形を共有する方法を幾何学を通して考案しました。


――ガウディ=奇抜な建築物という印象だったんですが、こうした裏側を知ることでだいぶイメージが変わりました。


狙い通りですね(笑)。本展の監修者である鳥居徳敏さんはガウディ研究の第一人者で、その研究の目標の一つは、まさに鬼才、天才というガウディ像を更新することにありました。


ガウディの学生時代の図面を見れば、彼が古今東西の建築様式を身につけていたことは明らかで、一足飛びに「鬼才・ガウディ」に辿り着いたわけではありません。ゴシックの研究や、イスラム建築のスタディもしています。さまざまな過去の建築様式、あるいはスペインという場所ならではの独自の文化を吸収しています。


それはガウディの「人間は創造しない。人間は発見し、その発見から出発する」という言葉にも表れています。ガウディ自身は過去の建築や自然から吸収したものから、自分の造形言語を作りあげました。ゼロからの創造ではないのです。


有名な逆さ吊り実験にしても10年かかっています。その末に、晩年の放物線面の塔が連なる建築のイメージが固まっていった。放物線のアーチは、建物の内部の空間づくりに早くから使われていましたが、それを外観に応用しようと試行錯誤をくり返し、これまでにないユニークな建築を生みだしたのです。


《サグラダ・ファミリア聖堂、身廊部模型》 2001-02年、制作:サグラダ・ファミリア聖堂模型室、西武文理大学 photo:後藤真樹

構造の工夫を見せることができるのは模型ならでは。



ガウディの建築に影響を与えた当時の状況


――ガウディの建築には過去の様式だけでなく、スペインという場所ならではの独自の文化のあり方も作用しているというお話でしたが、当時のスペインはどういう状況だったんでしょうか。


イスラムが自分たちの文化的なアイデンティティーを構成する要素になっていきます。当時は万国博覧会が競うように開催される時代でしたが、スペインのパビリオンはイスラム様式でつくられました。


実際、ガウディもアルハンブラの研究を早くから始めていますし、キリスト教的建築とイスラム建築が混交したムデハル様式も研究します。そこで、タイル装飾やイスラム的な室内装飾を言語として身につけたことが、後々生かされます。


そこに、カタルーニャ・ナショナリズムという複雑な事情も重なります。バルセロナに暮らす知識人やアーティストたちは強く意識していたでしょう。バルセロナに建設されるサグラダ・ファミリアは単なる聖堂にとどまらず、カタルーニャの精神的シンボルという意味合いを持つようになります。


サグラダ・ファミリア聖堂内観 ©Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família

ガウディはゴシック建築を新しく解釈しながら設計していくが、中世のゴシック教会と同様にガウディも聖堂の内部を森に見立て、樹木のように枝分かれした円柱が天井ヴォールトを支える独自の仕組みを考案した。


――ガウディもカタルーニャ人としての自意識が強かったんですか?


ガウディは警察に訊問されたとき、かたくなにカタルーニャ語で話し続けたという記録も残っていて、カタルーニャ人としての誇りを持っていたことが想像されます。


そもそも贖罪聖堂と呼ばれるサグラダ・ファミリアの成り立ちを考えると、献金によって教会を作ろうという大それた話なんですよね(※)。自分たちの力で教会を作るという発想の中に、バルセロナという土地の中で芽生えたある種の理想を見てとることができると思います。


※贖罪聖堂(教会)とは、信者の喜捨により建設する教会、つまりすべて個人の寄付に頼ることになる。初代建築家フランシスコ・デ・パウラ・ビリャールも無償で設計を引き受けた


――象徴としての役割も持ちながら、教会である以上は「使う」という機能もあるわけですよね。


もちろんです。現在も聖堂として使われていますし、ガウディの時代もまず地下の礼拝堂を作りました。つまり、人々の祈りの場を用意してから、建物全体へと構想を広げていったんですよ。



さまざまなところにガウディの影響を見てとれる?


――ガウディは2代目で、現在の主任建築家は9代目です。サグラダ・ファミリアはガウディも想像しないような形になっているんでしょうか。


ガウディが残した全体像にもとづいて建設は続いていますが、なかにはガウディがおそらく想像しないような造形も付け加えられているわけです。歴代の主任建築家は、ガウディの時代には到底存在しなかったような現代的な工法も含めてこの建物を作り続けていったのです。多くの人にバトンタッチしながら少しずつ付け加えられていった、その多様な建物のあり方が、サグラダ・ファミリアの魅力になっていると思います。


サグラダ・ファミリアはゴシックの伝統の上に位置づけることもできますが、まったく別のガウディ独自の様式としてご覧になっている人もいます。ある意味普遍性をこの建築は獲得していると言えるでしょう。ですからキリスト教の信者でなくても、宗教や文化の違いを乗り越えて、誰もがそこに何か精神的な拠り所を求めるような建築になっているのではないでしょうか。


――本展の第4章では「ガウディの遺伝子」として、ガウディ以後が語られています。その一つにモード学園コクーンタワーが紹介されていて、現在の日本にもガウディの影響というか、つながりがあるんだと驚きました。


そうですね。曲線を用いた建築は、それこそ丹下健三さんの国立代々木競技場をはじめ、たくさん存在するわけじゃないですか。でも、建築構造家の佐々木睦朗さんによると、ガウディからシェル構造、曲面建築に繋がる水脈は間違いなくあるということです。


たとえば、磯崎新さんの、樹木の根っこや樹木の枝が建物の重さを支えているような有機的な形態の建築が今の技術で生まれているわけですが、その構造を担当した佐々木さんによると、逆さ吊り実験の精神はそこに生きているとのこと。もちろん変数は増えて、瞬時に計算できるコンピューターがそれを可能にしてはいるものの、その美的な解に至るプロセス自体はガウディとそんなに変わらないとお話ししてくれていました。

もはやガウディの影響か否かは問いとして意味がないことなんですけど、そういうガウディ的なものはいろいろなところに見て取れるということなんですね。本展を見ていただくと、ガウディの遺伝子が現在の我々にもたらしたものが見えてきます。


サグラダ・ファミリア聖堂、2022年12月撮影 ©Fundació Junta Constructora del Temple Expiatori de la Sagrada Família

夜になるとマリアの塔に設置された星が美しく灯る


――最後に、鈴木さんが個人的に気に入っているところも教えてください。


伊豆の長八美術館からお借りしてきた《ニューヨーク大ホテル計画案模型 ジュアン・マタマラのドローイングに基づく》ですね。これはサグラダ・ファミリアの前史として、非常に重要な作例だと思います。実は、スペインにはない模型なんですよ。


――そうなんですか!


はい。弟子たちが残したスケッチはあるんですけど、それを元にこの3メートル大の模型を作ったのは日本の左官職人なんです。ガウディの造形に感銘を受けて、スケッチをもとに模型を作ってみようということになったのです。だから、世界に一つしかありません。スペインからお借りした作品と、この模型によって幾何学を説明する文脈をつくることができたのは、本展ならではだと思います。


――それも含め、最初から最後までじっくり観たいですよね。今に至る影響も含め、日常生活に戻ったときに見え方がちょっと変わるというか。


物事に対する見方が更新されるような経験や、日常の風景が変わって見えるところに展覧会の可能性はあると思うんですよね。140年の時を費やして今もこうして作られている建築と、今の我々の生活が結びつくものとしてガウディが見えたらうれしいですね。

 

ガウディとサグラダ・ファミリア展

会場:東京国立近代美術館

会期:2023年6月13日(火)~9月10日(日)

休館日:月曜日(8月28日、9月4日は開館)

開館時間:10:00~17:00 ※金・土曜日、8月27日~9月10日は20:00まで(入館は閉館の30分前まで)

観覧料:一般 2200円/大学生 1200円/高校生 700円/中学生以下無料

※8月3日以降は、日時予約推奨。詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。

問い合わせ先:050-5541-8600(ハローダイヤル)

展覧会公式サイト:https://gaudi2023-24.jp/

巡回情報:2023年9月30日(土)~12月3日(日)佐川美術館、2023年12月19日(火)~2024年3月10日(日)名古屋市美術館

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