「エレコム」といえばPC・スマホ関連の周辺機器というイメージが一般的だ。マウスやUSBハブ、モバイルバッテリーにスマホのアクセサリー……身の回りを少し見渡せば、きっと「エレコム」製のアイテムはすぐに見つかるだろう。そんなエレコムが白物家電を作ったという。しかもその製品は開発に3年を要したオリジナル品という本気ぶりで、本格的に白物家電に参入するというのだから、いろいろ気になって仕方がない。というわけで、開発メンバーの佐伯綾子さん、プロジェクトの責任者である江口洋一さんに話を聞いた。
PC・スマホのエレコムが白物家電!?
――「エレコム」といえば、多くの人にとってPC・スマホ関連の商品を作る会社というイメージが強いと思います。なぜ白物家電に参入したのでしょうか。
江口 事業拡大の一環ですね。PC・スマホの周辺機器を主軸にしたビジネスを展開していますが、事業的には頭打ちなところがあります。そこで、新たな事業両機を模索している中で、市場規模が大きく参入もしやすいと判断し、2018年にプロジェクトをスタートしました。
――市場規模はどのくらいあるんですか?
江口 白物家電の国内の市場規模は約2兆5000億円で、そのうち調理家電は3分の1、約8000億円を占めています。さらに、調理家電の場合は大手家電メーカーのほか、新興メーカーも数多く参入されているんですね。「ジェネリック家電」といって、一世代前の技術を利用しつつ機能を絞ったもの、ノーブランドで高品質かつ低価格なものが比較的多い市場なんです。簡単に言うと、標準品に+αしたものがたくさんある。
――とはいえ、なかなかPC・スマホと白物家電がつながらないのですが……。
江口 我々はスマホケースやバッグなどの非通電系と、モバイルバッテリーなどの通電系を手がけています。その通電系という点では関連事業と言えるんです。
――なるほど。 調理家電は比較的低コストで商品化できるとはいえ、HOT DISHはそういう類のものではありませんよね。
江口 そうですね。どこも差別化した商品を出していますから、ただ標準品をアレンジして出すという選択肢はありませんでした。ですからHOT DISHという完全オリジナル品を第1弾として開発しました。ただ、すべてのラインナップをオリジナル商品でそろえていくことも大変です。
というのも、一般的な家電量販店の場合、ある程度ラインナップをそろえないと、ビジネスとしてなかなか厳しいんです。そのため、目下の展開としては、オリジナル品にジェネリック家電でラインナップを組み立てていこうと思っていますね。
材料を入れてスイッチを押すだけで、ほかほかのスープや味噌汁を手軽に作れるマグカップ型電気なべ「COOK MUG(クックマグ)」
――独自性のある商品であっても、たった1点では棚を作りづらいわけですね……。
江口 特に当社の場合、白物家電の認知度はゼロですから、話題性とラインナップは両立させないといけません。
――ネットで買う人が多くなったとはいっても、まだまだリアルの量販店も大切な販路なんでしょうか。
江口 はい。もともと家電量販店への営業力が強い会社でもありますし、エンドユーザーの立場としても、やはり実機を見てみたいというニーズもあると思っています。
――販路の開拓で苦労したことはありますか?
江口 量販店のバイヤーさんはカテゴリーで担当が分かれているので、新たなバイヤーさんとの関係づくりは大変でしたね。
佐伯 ただ当社はPC・スマホだけではなくて、生活雑貨的な商品も扱っていますから、そこでつながりのあるバイヤーさんとのパイプを生かすこともできました。また、エレコムというブランドに対する信頼感もあったためか、比較的前向きに検討していただけましたね。
――驚かれたとか、意外な反応はなかったんですね。
佐伯 店頭の販促物を含めて、製品のことがしっかり伝わるような訴求はしてほしいというご要望はありましたね。決して安い価格設定ではないので、その必然性をしっかり納得いただくというか。
江口洋一さん/エレコム商品開発部生活家電課 課長。エレコム2021年入社。エレコムとして新規参入カテゴリーとなる白物家電の新規事業立ち上げに鋭意取り組み中
試行錯誤の末に完成した唯一無二の特長
――調理家電に参入すると決めて、最初にHOT DISHを開発した理由は何でしょうか。
佐伯 最初は4人でチームを発足させたんですけど、全員が一人暮らししていたんですね。そのため、一人暮らし向けのものを考えてみようとなって、日常的に自炊する上での不満や課題を調べてみたんです。すると、「時間がない」とか「準備や片付けがめんどう」とか、すごく突出した不満点がいくつか出てきました。
実際、市場には調理家電はたくさんあったんですけど、自分たちの生活に取り入れたいと思えるものがありませんでした。当時、すごく売れていた小型のホットプレートもありましたが、日常的に使いやすいと思えるものでもなくて。
一人にピッタリのサイズ感
――一人暮らしだと、たしかに大きいものは必要ないですもんね。
佐伯 「パーティーのときは出すけど、それ以外はあまり使わない」「もっとお皿みたいな形だったら毎日使える」「小さかったら出しっぱなしにできてもっと使用頻度が上がる」など、ブレストをくり返していく中で、お皿として使えるホットプレートという案が出たんです。
そしてそれを実現するために、一般的なホットプレートの方式である電熱線を使ったものではなくて、IHならもっとコンパクトにできて汎用性も高くなるのでは……とブラッシュアップされていって。実際、IHを使ったプレートは大きいファミリー用のものぐらいしかありませんでした。
――生活に溶け込むという点ではデザインも非常に重要だったと思いますが、苦労された点は何ですか?
佐伯 HOT DISHは調理してそのまま食べるスタイルを提案したかったので、できるだけ「お皿に見える」ことにこだわりました。だからIH本体はできるだけ見せたくなかったんです。そのためにはIH本体をすごく小さくする必要があるんですが、これが技術的にむずかしかった。
また、プレートをお皿に見立てているんですけど、それは熱くなる鉄板なので、手で持ってやけどしてしまわないような配慮とデザインにしなければならなくて、コンセプトの実現とのバランスというか、せめぎあいもありました。
試行錯誤の証……!
――安全面を重視するために、何かデザインで譲歩した部分があると?
佐伯 はい。社内でかなり議論がありまして、結果的にプレートに「やけど注意」という刻印が彫られていて、専用のシリコンのミトンも付属しました。そのほか、本体のレバー操作をするときにも触れてしまう危険性があったので、レバーのつまみの形状を工夫したりもしています。あとは……本体の裏側にある脚は最初4本だったんですけど、転倒防止のために補助脚を4本追加しました。
逆に、スイッチに関しては、スライドレバーはアナログのスイッチ方式なんですけど、本来IHであれば、タッチ方式のほうが技術的には容易なんです。でもアナログ的な感覚操作をしたくて、こだわって押し通しました。技術担当の人はすごくイヤだったと思います(笑)。
これが佐伯さんが苦労したと話す「やけどちゅうい」。ユーザーフレンドリーなわかりやすさに配慮
スライドレバーはアナログのスイッチ方式を採用
――いろいろなせめぎ合いがあるんですね(笑)。
佐伯 初期の試作では案外、自分たちの設計どおりにいけるんじゃないかと思っていたんですけど、社内外でいろいろな人に見てもらって意見をいただく中で、課題はいろいろ見つかりましたね。
――江口さんはいつ実機を触ったんですか?
江口 昨年の10月が最初で、年末に自宅に持ち帰って試してみました。正直に申し上げると、最初はHOT DISHの良さがなかなかわからなかったんですけど、実際に使ってみて良さがわかりましたね。リビングのテーブルに置きっぱなしでも違和感のないデザインだったり、調理してそのまま食べることがラクだったり。お皿だけ取れるので洗うのも簡単で。調理もあと片付けも簡単という、コンセプトどおりのものになったなと感じましたね。
焼く、炒める、茹でる、煮る……さまざまな料理がシンプル操作でできる
調理機とお皿が兼用なので洗い物も少ないのがうれしい
――家電量販店でも製品のことが伝わるようなものが欲しいという要望がありましたね。
江口 そうなんです。そこが実は課題だと思ってます。使ってみてはじめてわかる製品の良さをどう伝えるのか。
佐伯 私たちは新しいコンセプトを実現することができて、当然いいものだと確信しているんですけど、第三者に初見で伝えるむずかしさは商談を通してすごく感じました。商談で製品を見せるだけだと、ピンとこない方もいて。何に使えるのか、どこがいいのか、使用感やメリットがうまく伝わらない。そのあたりは動画を作成したり、イベントで実機に触れていただいたり、実際に体感していただけるようなプロモーションは大事だと思っています。
――新しい価値だからこそ、わからないとも言えますね。
佐伯 そうですね。ですからこれまでとは違う注力の仕方をしていますね。調理家電専門のSNSアカウントを運用したり、PR TIMESで開発秘話を配信したり、LP(ランディングページ)を作ったり、フードコーディネーターの方にお願いしてレシピ集を作ったり。できるだけ魅力的にお伝えする方法を模索しています。
HOT DISHのある理想の生活
――プロの方が作る料理ってすごくおいしそうで、オシャレですよね。シズル感もすごくて。ただ、一人暮らしのリアルとギャップがあるとも言えませんか?
佐伯 そうなんですよ。そこはすごい課題だと思っています。LPではHOT DISHを使ったステキな生活、みたいなあこがれを描こうとしていました。フードコーディネーターにお願いしたり、インフルエンサーに映えるように作っていただいたり。キレイに魅せることを重視していたんですけど、実際の生活で作るかな? ちょっと手間がかかるかな?ということも考えるようになりました。そして今は、YouTubeなど別のコンテンツで、もっと簡単で身近なレシピも発信しています。そこでは社員が買ってきた冷凍のハンバーグを使って料理するとか、今は両面から取り組んでいます。
調理家電は今後も力を入れていく
――社内で新しいことに挑戦するにあたって、最も大切だったことはなんですか?
佐伯 まわりを巻き込んでいくというか、味方をたくさん増やすことですね。一人ではやりきれなかったと思います。ただ、みんな自分が受け持つ仕事でいっぱいいっぱいなんですよ。だから「ちょっと新しいことやるから協力してよ」と言っても、余力がない。協力者を得るまではけっこう大変でした。
あとは……「やる」と言って始めた人間が最後までやり通す意地ですね。それがないと、新規は絶対に立ち上がらないと思います。やめようと思えば、やめても文句は言われなかったと思います。
――デザイン変更とか、けっこう思いどおりにならないことも多かったわけですもんね。
佐伯 「やけど注意」を入れないと商品化を許可できないと言われましたからね。やはり本来のコンセプトを曲げないと実現できないみたいな局面が何度かあったので、そのときはもうやめようか……と少しやけになったこともありました(笑)。
――最後に、いよいよ6月14日に一般発売を迎えました。あらためて、エレコムの調理家電第1弾としてどういう位置づけですか。
江口 当社のブランドのフラグシップモデルです。開発のおもいを詰め込んだ、長く使っていただける商品になっています。このあとも続々と調理家電のラインナップを増やしていきますから、それを引っ張っていくような商品に育てていきたいですね。あの商品自体にはつねづね思っております。はい。
佐伯 開発者としては、本当に成功してほしいというか、製品の良さが伝わって多くの人に使っていただきたいですね。また、作る・食べる・片づけるという一連の食の時間を、もっと楽しんでいただけるような、気軽に「今日何つくろうかな」と思ってもらえるような、HOT DISHで新しい食のスタイルが提案できればと思います。
佐伯綾子さん/エレコム商品開発部デザイン課所属。エレコムに1997年入社し、主にパソコン周辺機器やアクセサリー、オーディオ製品の企画・デザインを担当。その後、新規事業である白物家電「HOT DISH」プロジェクトを担当。「ありそうでなかった」新しいものを目指し、日々製品企画・デザインに取り組む
HOT DISH