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執筆者の写真植村正英

デジタルマーケティング最前線(3)クッキーレスと個人情報保護

更新日:2022年5月11日


画像提供:アイプロスペクト


「誰でもデジタルマーケティングの現在地がわかる」ことを念頭に、もっともホットな話題を入門的に解説する本連載。最終回のテーマは「クッキーレスと個人情報保護」。いま、広告戦略を巡る状況が大きく変化していることをご存じだろうか。その中心にあるのが、クッキーという技術だ。個人情報と密接な関係にあるクッキーは、デジタルマーケティングにおいて欠かせない技術である。ところが、個人情報保護の観点から、そのクッキーが使えなくなってしまうのだ。そもそもクッキーとは何なのか? クッキーが使えなくなるとどうなるのか? デジタルマーケティングのスペシャリストが集まるアイプロスペクトから植村正英さんを迎え、クッキーの基本から解説していただいた。



クッキーって何?

画像提供:アイプロスペクト

 

 現在のデジタル社会では顧客起点のマーケティングが浸透しているため、顧客の可視化が必須です。顧客の解像度が上がれば上がるほど、効率的に広告を配信して購入につなげることができます。


 そして、顧客の可視化に欠かせない技術の一つがクッキーです。クッキーは特定のWebサイトへの訪問履歴や、ログイン情報といった入力内容などを記録する仕組みのことです。クッキーのおかげで、ふたたび訪れたサイトでIDやパスワードを入力しなくてよかったり、ショッピングサイトでカートに入れた商品がずっと残っていたりします。

 そのクッキーには、ファースト・パーティー・クッキーとサード・パーティー・クッキーの2種類があります。ファースト・パーティー・クッキーは、ユーザーがアクセスしているドメイン(簡単に言うとネット上の住所)が発行しているクッキーのことです。ログイン情報の保持やカート内情報の保持はファースト・パーティー・クッキーが使用されます。ドメインをまたいで使用できず、そのサイト内でのみユーザーの情報を取得し保存することが可能です。

 サード・パーティー・クッキーは、第3者が発行したクッキーです。ファースト・パーティー・クッキーとは異なり、複数のドメイン間で共有することができます。広告配信でよく使用されるのは、このサード・パーティー・クッキーです。複数サイトを横断してユーザーの興味や行動を収集し、どのような広告を出せばユーザーの興味にマッチするかを知るため、また、ユーザーを追跡するために利用されるのです。

 ユーザーの利便性の向上に役立ち、さらにはマーケティングでも活用できる。クッキーはなくてはならない技術なのですが、ここで問題になるのは、ユーザー側がブラウザに紐づけられたクッキーが本人の知らない所でどのように扱われ、使われているのかを知らないということです。この事実こそ、世界的に個人情報保護の動きが加速した原因でもあります。



クッキーレスが進む背景にある個人情報保護

画像提供:アイプロスペクト


 個人情報の取り扱いは、海外では非常にセンシティブな話題です。EUのGDPR(一般データ保護規則)、アメリカのCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)をはじめ、法規制が進んでいます。日本も遅れてはいますが、2020年6月12日に、個人情報保護法の改正案が成立しました。

 法規制が進む背景には、個人情報の取り扱いに対する企業側の意識の低さがあります。日本でも企業が個人情報の利用に関して、行政から処分を受けるケースが増えています。たとえば、2019年には、リクルートキャリアが自社サービスである「リクナビ」を利用し、取得した内定辞退率のデータを他社に販売していたことに対して、厚生労働省から職業安定法律違反だとして行政指導を受けました。たとえ利用者から同意を得たとしても、そのデータがどのように利活用されるのかを明確にしないことによって問題が発生した例です。

 こうした流れを受け、Appleは自社ブラウザの「Safari」におけるサード・パーティー・クッキーの使用を制限。Googleも同様に「Chrome」でのサード・パーティー・クッキーの使用を2022年までに制限するという態度を示しています。

 影響を受けるのはクッキーだけではありません。クッキーはWebブラウザを閲覧したときに付与されるものですが、スマートフォンのアプリにはクッキーを発行できません。そこで使われるのが広告識別子(広告ID)です。

 広告識別子とは、モバイル端末を識別されるために生成される英数字の組み合わせで、AppleはiOS端末用のIDFAを、GoogleはAndroid端末用のAAIDを提供しています。AppleはApp Storeのすべてのアプリにトラッキングの許可を求めるオプトイン設定画面を表示することを義務化しました。ユーザーが許可しないかぎり、アプリがApple端末の広告識別子を収集・共有できなくなるのです。



広告運用にはどんな影響がある?

画像提供:アイプロスペクト


 まず、消費者の能動的な検索行動(リスティング広告)は、ほぼ影響を受けません。 一方で、サード・パーティー・クッキーは、行動ターゲティング(ユーザーの行動や興味関心情報をウェブサイトをまたいで追跡する)や、リターゲティング(Webサイトに来訪したユーザーを追跡する)の際に利用されているため、サード・パーティー・クッキーが利用できないことで、興味関心情報を使ったターゲティングや、リターゲティングでパフォーマンスを出している広告運用は注意が必要です。


 また、アドネットワーク(※1)やDSP広告(※2)なども取得データ低下によるターゲティング精度の低下が想定されています。


※1 複数のメディアの広告枠をまとめているネットワーク。ネットワークにあるメディアに一括配信ができるので、広告主がわざわざ一つずつ掲載メディアを選んだりする必要がない。特定のターゲットをねらい打ちするのではなく、広く配信するのに向いている

※2 アプローチしたい顧客に必要最低限のコストで広告を配信することができる仕組み。アドネットワークが広く配信するのとは異なり、DSPはターゲットを絞って配信することができる


 ソーシャルやアプリの広告は、IDFAの減少(情報提供はユーザーの任意になるので大幅に減ると予想されている)による影響があります。仮に全ユーザーがオプトアウトした(トラッキングを許諾しない意思を示した)場合、AndroidのAAIDしか使えなくなり、iPhoneのシェア率が高い日本では片手落ちになってしまいます。

 広告配信に限らず、広告の効果測定や分析においてもその影響は小さくありません。アフィリエイトの効果測定はもちろん、ビュー・スルー・コンバージョンの計測も困難になります。これはなじみがないかもしれませんが、広告を見たもののクリックしなかったユーザーが、別の経路でクリックした、購入したことを計測するものです。これもサード・パーティー・クッキーを前提とした技術なのです。


 DMP(※3)も影響が大きいでしょう。複数のデータが蓄積されているDMPは、サード・パーティー・データが必要だからです。同様に、データアウト――サイトを訪れている人と、別のサイトで購入している人のデータを突合させて、本当に購買があったかどうかを分析することもむずかしくなります。データの結合はサード・パーティー・クッキーIDやIDFAを紐づけることによって可能になるので、それが使えなくなると、可視化できなくなってしまいます。


※3 さまざまなデータの収集・蓄積、分析などができるプラットフォーム。自社だけでなく外部のデータを一括して管理、分析することができる



ポストクッキー時代の動向予測

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 今後の動向予測は非常にむずかしいのですが、今後1~2年でデータ流通量の急激な減少が見込まれます。その結果、広告配信においては「人」軸から「コンテンツ」軸へ移行し、個人情報の取得については、CMP(※4)の導入や、ゼロ・パーティー・データ(同意取得済みデータ)の取得が進むでしょう。取得可能なデータの制限が厳格化していく中、より安全な分析環境の構築も加速していくと予測します。


※4 GDPRやCCPAなどの法律に準拠するために考案された、生活者のパーソナルデータ処理における同意の取得・管理プラットフォーム。ユーザーのデータ取得や利用に関する情報を提供し、同意を得る


 人からコンテンツへというのは、いわゆるコンテンツマーケティングへの回帰です。個人を特定せずに、興味や関心を軸としたもの、つまり人からコンテンツへ広告の軸が移ると考えられるのです。保険会社が広告を出そうと思ったら、お金や節約に関する記事が掲載されているメディアに出稿する、といった具合です。 また、自社のコンテンツに向き合い、ログイン率を高める施策に取り組むことも重要な要素だと考えます。

 CMPに関しては、欧米の主要メディアや大手広告主の間で導入が増加しています。UKではメディアの40パーセント、一般企業では35パーセントまで導入が進んでいます。CMPで同意管理の対象となるのは、クッキーやADIDと、Eメールアドレスをはじめとした個人データの2種類です。英『タイムズ』紙のトップ画面では、データ収集、利用目的ごとに選択肢が提示され、個別に許可・不許可の設定をすることが可能です。

 個人情報取得の同意が前提になる中、ゼロ・パーティー・データの取得に動くメディアも出てきています。ゼロ・パーティー・データはユーザーが自ら提供するデータなので、同意を得たファースト・パーティー・データとも言われており、米『ニューヨーク・タイムズ』紙や日本経済新聞などは、ログイン型によるID化によって収集しています。


 メガプラットフォーマーが推進しているのは、データをセキュア環境に閉じて囲い込む仕組みの構築です。GoogleのBigQueryやCDP(※5)を介す計測など、ファースト・パーティー・クッキーと広告ログをぶつけて、本来のパフォーマンスを把握する環境を指します。今後データ欠損がいたるところで起きていく中で、クライアント環境内にアクセスし、顧客の解像度を維持しようとする動きです。


※5  CDP(Customer Data Platform)は、企業が持つ顧客の情報を集約し統合するデータベースのこと

 本連載の第2回で取り上げたAmazonでも、「この人はこの時間によくモノを買っている」「この商品は夜によく売れる」といった情報を活用するためには、Amazon広告をうまく運用する必要があると解説しました。つまり、モノを売りたい企業には、より精度が高く、人の動きを追えるプラットフォーム、つまりAmazonで売るという選択肢しかない。いわゆるAmazon商圏がつくられていくのです。



消費者の意識はどう変わる?

画像提供:アイプロスペクト


 個人情報取得の同意が求められたとき(iOS端末に関してはiOS14からIDFA取得においてユーザーに選択権が与えられる)、ユーザーはどういう反応をするでしょうか。あらためて同意を求められたら、デジタルネイティブ世代がどう動くのかはっきりとはわからないものの、多くの人はその価値を感じないのであれば拒否を示すでしょう。

 2年ほど前、マイクロソフト アドバタイジングと共同で、「2020年消費者のプライバシーに関する調査」(※6)を行いました。世界16カ国2万3867名の回答をもとに、データ所有権とプライバシーに対する消費者の見解や、企業はどのように消費者と信頼を築き、個人情報の取り扱いを行うことでよりよい消費者コミュニケーションが可能になるかを分析・考察したものです。


 その結果から感じたのは、欧米の消費者はプライバシーに関するリテラシーが上がっているということです。個人情報を渡すのであれば、それに見合った経験を求めているのです。日本の消費者も個人情報に対する意識がきっと変わっていくはずです。

 正直に言えば、クッキーレスやIDFAの規制強化による影響は、わからないことが多いのが現状です。2019年8月から動き出しているPrivacy Sandbox(※7)というプロジェクトの中で「新しい個人情報保護のポリシーを前提としたインターネットエコシステムのためのルールチェンジを行う」という発表がGoogleでされました。


※7 Chromeブラウザを提供するGoogleが2019年8月に公表した構想で、現在そのアイデアの規格化やブラウザへの実装に向けた実証実験が進められている。 2022年に始まるとされる将来的なサード・パーティー・クッキー廃止の前提条件になる取り組みとして位置付けられている


 2021年現在、興味関心ターゲティングはFLoC(※8)が日本のマーケットでもテストが開始され、 新リマーケティングはTURTLE-DOV(※9)というプロジェクトが現在も進行中です。


※8 FloC(Federated Learning of Cohorts)は、ChromeのPrivacy Sandboxプロジェクトの重要な部分である。FLoCは現在利用されているクッキーに代わる技術であり、個人を特定できるクッキーと違い、ユーザーのブラウジング行動を分析し、同じような興味を持つ志を持つ人々のグループにまとめる(コホート)機能


※9 Privacy Sandboxで提案されているTURTLE-DOVと名づけられた新しいリマーケティング手法。TURTLE-DOVではブラウザがオークションを実施し、広告主から提供されたJavaScriptコードを使用して最も関連性の高い広告が表示されるという仕様が検討されている

 Chromeのサード・パーティー・クッキーの廃止や新技術の代替、Safariが推し進めているITP(※10)のアップデート次第ということも考慮すれば、現時点で有効な解決策を提示することはむずかしい。ただし、いかに有益な情報や状態をつくるかというユーザー視点を考慮した、デジタル上のコミュニケーション(Webサイトやアプリ)を考えていかなければならないのは確実です。

※10 ITP(Intelligent Tracking Prevention)とは、Apple社のWebブラウザ「Safari」に搭載されたトラッキング防止機能のこと。ユーザーのプライバシー保護のために、クロスサイトトラッキングを抑制する機能とも言える


 技術的な抜け道や、個人情報取得の同意へ誘導させるような手法も出てきていますが、本来の意図と離れていますし、ユーザーのリテラシーも上がっていくことを考えれば、やはりユーザーとどうやってコミュニケーションを取っていくのか、という点をあらためて考え直す必要があるのではないでしょうか。

 

植村正英(うえむら・まさひで)

アイプロスペクト・ジャパン iP Lab所属。2013年入社。業界の最新ツールを活用したデジタル広告運用、Web分析 、戦略策定に従事。国内外の大手消費財、自動車、食品、旅行、保険、アパレル業界など、幅広い企業を担当し、コマースからブランディング領域まで一気通貫したデジタル戦略策定を行う。2020年に同社のR&D部門マネージャーに着任。専門分野は分析ツール(GA)を活用した配信分析、最新のデジタルテクノロジーやツールを活用したプラニング、クッキーレス対策やPF分析基盤の運用提案など。


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