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執筆者の写真Byakuya Biz Books

石鹸屋が作った石鹸を使わないヘアケアブランド「12(JU-NI)」に見る、中小企業のブランド戦略



石鹸・洗剤メーカーの木村石鹸による、はじめてのヘアケアブランド「12(JU-NI)」シリーズ。一般発売前に実施したクラウドファンディングでは購入総額500万円を超え、一般発売後も品切れを起こすなど、熱狂的なファンを獲得した。石鹸屋が作るのだから当然、シャンプーには石鹸が使われ、そんなナチュラル志向が評判を呼んでいるのかと思いきや……!? 製品開発の話を中心に、業界の状況や自社ブランドの展開について、代表取締役の木村祥一郎さんに聞いた。



10年売れ続ける商品は存在しない!? 激戦のシャンプー業界


――シャンプーってたくさん種類がありますが、ざっくり分類することはできるんでしょうか。


分け方はむずかしくて、わかりやすく言うなら価格帯ですね。量販店で売られているものは1000円以下、1000円~5000円。それ以上は業務用やサロン専用といったプロ仕様のものです。


――価格帯ではやはり安いものが売れますか?


10年ぐらい前までは、売上で上位トップ10に入るのは、大手が大量生産で作る1000円以下のものが多かったですね。それから1500円~3000円くらいの中間価格帯の商品も増えてきて、今はトップ10の半分くらいは1500円前後ぐらいの商品が占めています。「12(JU-NI)」は中身はプロ仕様、価格帯はシャンプー(500ml)が3000円なので、中間価格帯とプロ仕様の間ぐらいに位置しています。


――こうも種類が多いと、なかなか選びづらくて。


みなさん自分の髪やスタイルを考慮して選んでいるものの、自分に合うものがわからない、どうすれば悩みが解決するのかわからない――実はそんなシャンプー難民が多いんです。だから最近では、パーソナライズドシャンプーのニーズが高まっていますね。


――たしかに自分自身では何がいいかはっきりとわからないんですよね。


自分の髪質を勘違いされているケースは少なくないですね。自分では細い毛だと思っているけど、実は細くないとか。また、健康的な状態の髪を知らないので、どういう仕上がりがいいかもわからない。仕上がりが重い、ベタッとしているのが、実はその人の健康的な髪なのかもしれない。でも、髪が痛んでいてパサついた仕上がりふつうの人にとっては、改善した状態を悪化したと捉えてしまうこともあるんです。


――そういう状況で、圧倒的に強いブランドはあるんですか?


シャンプーのブランドって市場規模に対して数えきれないぐらい多くて、シェアも分散しています。1位の商品でもシェアは10パーセントなくて、それ以下も5~6パーセントの商品が並んでいます。これはおそらく自分の髪に合うものがわからないシャンプー難民が多いことが背景にあるんでしょう。そのため、トップ10もひんぱんに入れ替わります。10年前も今もトップ10に入っている商品は殆どないと思います。


――定番商品が育ちにくいんですね。流行り廃りはありますか?


一定の周期で新しい軸が発見されますね。そして一つ売れる商品が誕生すると、各社がそろって追従してランキングが塗り替わっていきます。たとえば、毎日シャンプーする習慣ができたときに、リンスインシャンプーのような手軽に使えるものが爆発的にヒットしましたし、頭皮ケアを目的にしたスカルプ系の商品は3~5年で200~300億の規模になりました。


今は植物由来が注目されて、ボタニカルシャンプー、ボタニストが売れていて、発売から数年で200億円規模になったり。先ほど少しお話したパーソナライズドシャンプーもここ1~2年で十数億円のレベルになっているんじゃないでしょうか。


木村祥一郎さん。木村石鹸工業株式会社 代表取締役社長。自身で立ち上げたIT企業を経て、2013年から稼業の木村石鹸へ。2016年に4代目社長に就任。自律型組織を目指し、稟議書の廃止や職種の再定義など、新しいことに取り組みやすい環境を整え、「SOMALI」「&SOAP」「12(JU-NI)」など数々の自社ブランドの立ち上げを成功させている。



大正13年創業の石鹸屋が本気で作ったシャンプーとコンディショナー


――「12(JU-NI)」は木村石鹸初のヘアケア製品です。石鹸シャンプーでないことに驚きました。


会社としては石鹸シャンプーを作ってほしかったんです。ただ、市場における石鹸シャンプーのシェアは小さい。石鹸シャンプーを試してみる人はいても、使い続けられる人、特に女性は少ないんですよ。なぜなら、石鹸は頭皮が荒れている人が継続して使っていくにはいいんですけど、髪をパサつかせてしまう。だから満足のいく仕上がりのものを開発するのがむずかしい。


一方で、手が空いているときは自分の好きなことをやっていいと公言しているので、開発者(多胡健太朗さん)は、自分が本当に納得するものを裏で作り続けていました。彼はもともとシャンプーの原料を作る会社と、OEMでシャンプー等を開発する会社を経てうちに来たのですが、そのどちらでも自分の満足のいくものが作れなかったという人間で。


そして、あるときサンプルが上がってきました。それが石鹸を使わず、植物由来といったトレンドも一切考えず、「傷んだ髪に対して本当にいいもの」を考えて処方したものでした。うちは石鹸屋なので、石鹸で語ったほうがラクなんですけど、社内での評判がとてもよかった。だから石鹸を使いたくなかったわけではなくて、本当に髪にいいものを突きつめたらそうなっていたというわけです。


――では、シャンプーとコンディショナーで展開した理由を教えてください。そもそもリンスやコンディショナー、トリートメントといろいろありますが、何が違うんでしょうか。


コンディショナーとは、トリートメントとは、という明確な定義はないんです。そのため、イメージで決められることが多いんですね。リンスはシャンプーのあとに軽く洗い流すもの。トリートメントは傷んだ髪をいたわるもので、「美容室で月に一回トリートメントしてもらう」といった高級なもの。


最初はトリートメントにしようと思っていたんです。美容室で使われるトリートメントと中身は変わらないですから。ただ、トリートメントにすると日常使いのイメージからちょっと外れてしまう。毎日、継続的に使ってもらうことで効果が出てくるので、毎日使って違和感がない名称として、コンディショナーを選んだんです。


約5年の歳月をかけて開発に成功した、ダメージヘアやクセ毛といった悩み解決の手助けとなるシャンプー&コンディショナー


――新シリーズを展開するのは、勇気がいりませんか?


うちは新しいことに対するハードルが低いんですよ。というのも、本や家電などに比べて、商品を作って発売するまでにかかるコストや条件がかなり低い。大量に生産しようと思ったらラインを作らなければいけませんが、100~200個を試作するなら比較的簡単に、コストも抑えることができます。


だから、やらないよりはやってみて、市場に問いかけたほうが早い。「市場調査をして計画を立てて、出したからには絶対に売る!」というよりも、「思いつきでもいいからとにかく出してみる」ほうがメリットは大きいわけですね。


――マーケティングリサーチはされなかった?


「12(JU-NI)」は完全にプロダクトアウトから生まれました。石鹸メーカーはナチュラルなイメージがありますから、植物由来の原料を使っている、悪いイメージのあるシリコーンを入れていないといった要素があったほうがいいのに、一切考慮されていなかったわけですから。ただ、開発の経緯を聞いていると、業界にはたくさんの誤解があると気づいたんです。たとえばシリコーンが悪いというのも誤解です。


――そうなんですか!?


そもそもシリコーンは何も害がなくて、いい成分なんですよ。おまけに原料としてもかなり高い。メーカーとしてはノンシリコンのほうが安いし、イメージもいい。でも、髪にはよくない。つまり、本当にいいものがユーザーに届いていないことになりますよね。だから微力ですが、何がいいのかを正直に伝えて、選択肢の一つとして提示しよう。最悪売れなくてもいいやと。


――これは売れる!という確信があったわけではないんですね。


最初にサンプルを作って180人くらいに配ったんですよ。すると、「めちゃくちゃいい!」という人もいる一方で、「全然ダメ」という人も10パーセントぐらいいた。結構白黒分かれたわけですね。気に入ってくれた人は「すぐに買いたい」とか「一生使いたい」とか熱狂的な反応だったので、ファンづくりとしては貢献してくれるという予感はありました。


――その後に実施したMakuakeのクラウドファンディングで大成功を収めました。なぜ、一般販売の前にクラウドファンディングを?


サンプルを配って手ごたえというか、ある特定の層にはうけるとわかっていたんですけど、商品の説明が必要でした。ノンシリコンではないこと、この商品は熱を加えないと効果を発揮しないことなど、誤解を解いたり商品に付随する説明をしなければなりません。店頭や自社のECサイトでいきなり売っても、大事なことが伝わらないだろうと。その点、クラウドファンディングは新しいものが好きな人が集まりやすくて、説明文も読んでくれる割合が高い。そういう理由で選んだんです。


――結果的に、購入総額は500万円以上になりました。ここまでの反響は予想していましたか?


まったく予想していませんでした。Makuakeの担当者からも「シャンプーはむずかしい」と言われていたんです。だから表向きの目標金額は30万円で、裏では100万円を目指しましょうということになった。それが初日で100万円を超える反響があって。


180人のモニターにも伝えていたせいか、熱狂的なファンが開始タイミングでたくさん買ってくれたんですよ。クラウドファンディングはスタートダッシュが大事だと言われていて、初速で注目度が上がり、トップページにも掲載され……という流れで多くの人が購入してくれたようです。


――2020年の4月から一般発売されて、今はどういう状況でしょうか。


発売当初はすぐ在庫切れを起こしてしまっていましたが、製造ラインを改善して生産性が上がったので、昨年の9月以降は常時提供できるようになりました。



中小企業の自社ブランド戦略


――2015年に「SOMALI(ソマリ)」、そして「12(JU-NI)」と、自社ブランドの立ち上げに積極的ですよね。何かきっかけはあったんでしょうか。


2006~2007年以降、OEMの事業で利益を確保するのがすごくむずかしい状況になってきていたんですよ。裏方で作り納品して、お客さんが販売するわけですけど、デフレやリーマンショックの影響で最終価格が全然上がらない。


それでも、商品はバージョンアップや新しいラインナップなど、毎年何かしらやらなければいけない。それに伴って「洗浄力をアップしてほしい」「においのバリエーションが欲しい」という要求があって、もちろん応えるんですけど、価格は据え置き。OEMの事業は請負で、しかもぼくらの場合は2社に依存していた。


つまり、断れないんですね。原料も値上がり一方で、どんどん利益率は悪化していく。ぼくは2013年に木村石鹸に戻ったんですけど、当時の営業利益はゼロという状態でした。それまでは営業利益率的には10~15パーセントと安定していたのが、2006年からずっと右肩下がりで、2013年にちょうどゼロになった。営業利益ゼロといっても財務的にひっ迫しているわけではなくて、蓄積はありましたけど、それでも新しく収益を生み出す事業は必要だと思っていました。


――そこで自社ブランドの展開につながるわけですね。


うちはOEMだけど、一部の加工工程や作業だけを請け負っているわけではなくて、開発から納品まですべてをやっていた。だから、販路――自分たちでお客さんに売ること――は持っていなかったけど、それでも自分たちで商品の価値を伝えて、売っていこうと思ったわけです。


天然素材のやさしさと石けん職人のこだわりが詰まった、ハウスケア&ボディケアブランド


――販路の問題はむずかしいですよね。


「SOMALI(ソマリ)」の初月の売り上げは2万円でした(笑)。翌月が5万円。


――それはキツイ……。そこからどうやって売ったんですか?


「DESIGN TOKYO」という、デザインのいいものが集まる展示会に出展したんですよ。どんな商品でもいいんですけど、審査を通過した商品が展示される。そこにぼくらは洗剤を出したんです。洗剤が出展されたのはそれがはじめてみたいで、インテリア雑貨やアパレルが多いんです。


――出展してみて、どういう反応がありましたか?


それがめちゃくちゃウケたんですよ。インテリアショップや雑貨屋のバイヤーさんが多くて、すぐに取り扱いたいと話が進みました。そして「Francfranc(フランフラン)」や「ロフト」で取り扱って頂いたり、徐々に知名度が上がって、取り扱い店舗も増えていきました。


――ふつうなら日用品の展示会、たとえばギフトショーなどへの出展を考えますよね。


「SOMALI(ソマリ)」は最初、台所やトイレ用の洗剤などハウスクリーニングでスタートしたんです(今はボディソープなど幅広く展開)。洗剤ってドラッグストアやホームセンターがメインの市場なんですけど、単価が非常に安くて、大手が強いんです。そこで戦ってもムリだということはわかっていました。


だから大手が入りにくくて、めんどうくさい市場に行こうと。それがインテリアや雑貨だったわけです。今でこそインテリアショップや雑貨屋にも洗剤は置いてありますが、当時はそんなことなくて。洗剤はリピート商品なので、オシャレな生活のレベルをちょっと上げるような洗剤があれば、小売店にとってもメリットは大きいから取り扱ってくれるだろうと思っていました。その結果、そういうお店のバイヤーさんが来る展示会はどこか?と考えて、デザイン系の展示会に行きついたというわけです。


――価格勝負ではないところに注目されたと。


キッチンやお風呂、トイレってこの20年ですごくオシャレになっているんですよ。そこに置かれるものもオシャレになっているんだけど、洗剤だけは違った。ドラッグストアやホームセンターに並んでいる洗剤はみんな蛍光色で、同じようなブランド名。売り場で手に取ってもらう分にはいいと思うんですけど、それをオシャレな水まわりに置いて使いたいかというと、そうではない。


水回りの写真をアップしている人は結構いるんですけど、ほとんどの人が詰め替え用をそのまま使ったり、パッケージのラベルをはがしていたり、海外の製品を並べたりしている。つまり、買うときはいいけど、使うときはああいうデザインはイヤだということです。もっとインテリアになじむ、洗練されたデザインで、なおかつ安全・安心を売りにすれば、買う人は少なくないと考えました。


ただ、社内でお披露目したときは批判の嵐でしたね(笑)。価格が高いと。1200円に設定したんですけど、ドラッグストアで売っている台所洗剤は300円以下で、自分たちがOEMで作っている商品もせいぜい500円。それなのに知名度のない商品が1200円もして、いったい誰が使うのかって。



――社員の皆さんの反応はすごくわかります。市場から考えれば、類似商品の価格はどうしても意識してしまいます。


開発者には自分が欲しいものを作れと言っているんです。中小企業はn=1(※)を突き詰めることが大事で、その人と同じようなことを考えている人は、市場が十分成り立つぐらいいるんだと思うんです。マーケティング調査をしてターゲットを決めるのではなく、自分が心の底から欲しいものを突き詰めたら、それだけで十分なマーケット――中小・零細企業が生き残れるぐらいの市場規模はあるだろうと。だからヘタなことを考える前に、自分の欲しいものを作れというスタンスを社員に伝えています。


※多数のユーザーの意見を集めるのではなく、たった一人のユーザーに集中して分析すること


――価格競争からも逃れられるわけですね。


価格に関しても、本当に欲しいものを作った結果、原価がいくらになったから販売価格をいくらにしようという感覚で決めています。市場価格に合わせて作っていないんですよね。だから「12(JU-NI)」も原価はとても高くて。今の価格にしないと割に合わないんです。最初からプロ向けと中間価格帯(1500~3000円)の間をねらったわけではなくて、結果的にこうなった。


一般的な価格はこれくらいという固定観念はどの商品にもありますよね。でも、その価格じゃないと売れないことはないと思っているんですよ。だから、競合商品を調べたり、市場を調べたりしすぎると、どんどん同じようなものを作ってしまうことになる。それはマーケティングから考えても逆効果なんじゃないかと。


――マーケティングありきではなく、作りたいものを作るという発想はどうしたら根付きますか。


社員が自分ごと化できるかどうかですね。やらされるのではなく、自分で決めて取り組むんだという気持ちを持てるかが重要です。結局、自社ブランドは何をやってもいいわけですね。OEMのようにお客さんから言われたものを作るわけじゃない。だからこそ、言われたからやるという認識では、なかなかいいものはできません。そのためにも、経営者である私は、社員が自発的にやりたいという気持ちが持てるような環境づくりをつねに考えていますね。

 

木村石鹸工業株式会社

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