羅臼昆布は日本一の昆布と称されるだけでなく、今では海外でも最高級品として認知されつつある。しかし、その成功への道すじは決して平たんなものではなかった。国内での昆布の消費は減退傾向が続き、需要喚起は喫緊の課題とされ、10年前には採算が合わないために昆布漁から手を引く人もいたほどだったのだ。そうした困難な状況を道内外での食育や料理教室など地道な普及活動に力を注ぐことで乗り越えてきた。前編となる今回は羅臼漁協共同組合で昆布の普及に尽力する3人に話を聞き、後編では羅臼昆布の生産者に話を聞いた。異なる立場にありながら、どのように羅臼昆布の普及に取り組んできたのか、それぞれの視点からお届けする。
食育・イベントに力を入れるようになったきっかけ
千綾
羅臼昆布は昔から品質に対するブランド力がありました。だし系の昆布において、日本三大昆布(真昆布、利尻昆布、羅臼昆布)というものがありますが、そのなかで最も濃いだしが出るんです。
ただ、約10年前、羅臼昆布にかぎらず、昆布全体の消費が落ち込みました。その結果、供給過多になり、在庫が増えてしまった。北海道における羅臼昆布のシェアは3~4%ですが、それでも供給過多だったわけです。「羅臼昆布じゃないとダメだ」とこだわりをもつ方がたくさんいたわけでもなかった。
売れなくなると価格が安くなります。もう採算が合わないところまで値段が下がってしまい、なんとか挽回しなければなりませんでした。そして、消費拡大に向けて動きだしたんです。
羅臼漁業協同組合における昆布の割合は、その年に上下するものの全体の10%弱。ただし、昆布生産者が180人近くと、携わる人が多いため、組合としては昆布が主たる漁業の一つという位置づけに
山下
どうして昆布が売れなくなったのか。まずは各地を回って話を聞いてみることにしました。売り上げが落ち込んだ背景には、消費者に簡便性を求められるようになったことが考えられます。昆布ではなく、粉末状のものを使うようになったんです。
ただ、それだけではなくて、昆布の消費地における売り方、消費のされ方が変わっていることがわかりました。
たとえば、富山県は羅臼昆布の一大消費地で、今でも昆布専門店があります。富山では冠婚葬祭の贈り物は昆布が一般的でした。ただ、最近は昆布以外のものを贈る人が増えてきた。
また、昆布専門店で売られていた昆布が、大手スーパーなどでも売られるようにもなりました。つまり、陳列棚にいろいろな昆布がズラッと並べられるようになったのです。
専門店なら対面で商品の特徴を説明しながら売ることができますが、陳列棚に並ぶと、羅臼昆布だろうとほかの昆布だろうと、産地が違うだけでどれも同じだという認識になる。だから、価格競争になり、安いものが選ばれるという状況でした。
それまで私たちは漁連を通して売るばっかりだったので、こうした市場の変化を見ていなかったわけです。昆布は生産者が製品化し、私たち組合が預かり、さらに漁連が消費地に売ります。
ですから、末端である消費地と浜が近くないので、実際の状況が届かなかった。今でも売り方は変わっていませんから、その距離は縮んでいません。
千綾
そうした状況をふまえて、販路拡大のために「羅臼昆布は高くておいしいものだ」というPR活動に力を入れたわけです。
左から羅臼漁業協同組合の千綾昭彦さん、山下公幸さん、小倉昌幸さん。羅臼漁協共同組合は、漁業者によって組織された協同組合で、漁業に携わる人たちの社会的な支援などを行う一方、直営販売施設「海鮮工房」も運営する
羅臼昆布の良さをどうやって伝えるべきか?
小倉
多くの人に手に取ってもらうため、羅臼昆布のストーリーを広めることにしました。羅臼昆布を知っている人はたくさんいたものの、おいしい理由や旨みについて理解している人は少なかったので、生産者の想いも含めて、より羅臼昆布について知ってもらうことを目指したんです。
山下
そのときに力を借りたのが、北海道・札幌市に拠点を構える街制作室です。羅臼町の道の駅にある「海鮮工房」は、羅臼漁業協同組合が運営している直営店ですが、その企画・設計・運営で協力してもらった縁がありました。
海鮮工房。商品ラインナップは多彩で、羅臼で水揚げされた鮮魚をはじめ、羅臼昆布、魚卵、麺類、調味料なども販売している。この海鮮工房も含めて、道の駅全体のプランニングをするなど、ハード面からソフト面まで携わってきたのが街制作室。これまで500カ所以上の街づくりに関わったプロフェッショナル集団
小倉
とくに力を入れたのは、昆布がどのようにつくられているのかを、伝わるようにしたことです。羅臼昆布をつくるには、23の工程を経なければなりません。それほど大変な時間と労力が必要なんです。
たいていの人は、昆布は干したらできるもので、産地がどこでも同じだと思っています。でも、羅臼昆布はすごく手間暇がかかっていて、とても濃いだしが出ます。この特徴をセットにしてPRしたかったんです。
採って干すだけで商品にならない。昔から受け継がれてきた工程を守ることで、特徴的な旨みが出る
ただ「おいしい」よりも、そこまでセットで伝えたほうがより好きになってもらえるはずだからです。どこの産地も同じなら「どうして羅臼昆布は高いの?」という疑問をもつのは当然です。消費者はまず価格面に目がいきますから、500円と1000円の昆布があったら、まずは500円のものを買うはずです。
昆布には部位があって、産地によって値段が違えば、等級や部位によっても値段は異なります。牛肉と一緒なんです。でも、昆布になると、どこの産地も一緒という理解になってしまう。そうした一般的なイメージを変えるのは、相当大変でした。
世界自然遺産・知床半島の自然と、手間暇かけた生産工程で生まれた、最高品質の昆布
山下
うまく伝えることができたのは、このストーリーを生産者自ら、幼稚園や小学校、料理学校などで実際に話してもらったからです。それは羅臼漁業協同組合の職員ではダメで、生産者だからこそより伝わる。
羅臼漁協昆布漁業部会の部会長である井田一昭さんにお願いしたのですが、同じ問題意識をもっていたので、すんなりOKしてもらえたことも大きかったですね。
千綾
羅臼昆布はもともと関東圏が弱かった(※)ので、全国的に広める意図も込めて、東京でキャンペーンも行いました。丸の内にある三菱地所のビルで「羅臼フェア」を展開し、昆布を使った料理を提供したんです。
もちろん、イベントで昆布のことを話したのは井田さんで、イベントには服部学園の服部先生にも参加してもらったのですが、先生にも羅臼昆布を気にいっていただけました。その後、スペインの「マドリード・フュージョン」というイベントでも取り上げてくれたんです。
それがきっかけとなり、東京はもちろん、世界的にも羅臼昆布の知名度を広げることに成功しました。
※北海道の昆布は北陸や関西、九州で多く消費されてきた。それは海上交通がさかんになった江戸時代、北前船を使って、日本海側(舞鶴、下関、瀬戸内海を通る西回り航路)から、商業の中心地である「天下の台所」大阪まで運ばれるようになったから。これを総称して昆布ロードという。富山が羅臼昆布の一大消費地なのもここに起因する
目先の売り上げだけでなく、将来の消費者を育てていく
千綾
和食がユネスコ無形文化遺産に登録された頃から、需要は上向いて、価格もかなり回復しています。ただ、生産量が落ちていることもあって、なかなか供給が追いつきません。ここ数年は売り手市場が続いているという状況です。
今後の課題はやはり生産量の確保です。生産量が落ち込んでいる要因の一つは、漁業者が年々減っていること。これはどこの産地も一緒。いくら昆布の繫茂状況がよくても、採る人が減っているから、生産量はそんなに伸びていかないと思います。それを考慮すれば、供給量が追いつかない状態はしばらく続くはずです。
今後の見通しでポジティブな面もあって、それは羅臼昆布が海外に出ていっていることです。それも海外の和食で使われるだけでなく、中華から洋食まで、さまざまなシェフが羅臼昆布を使ってくれています。
小倉
丸の内の「羅臼フェア」はその点で大きかったですね。関東でどうやって告知していけばいいかわかりませんでしたから。やはり発信力のある人を呼んでイベントを開催することがうまくいった。
山下
大きな成功を収めたとも言えますが、10年前からずっと継続性のある取り組みとして、食育を積み重ねてきた結果でもあります。昆布といえば年配の人しか使っていませんでしたし、今も大きく変わったわけではありません。
若年層にも羅臼昆布を訴えていきたい。それが食育です。目先の売り上げも必要ですが、将来の消費者を育ていく活動は、これからも続けていきたいですね。
地道に続けてきた食育は今後も続けていく
羅臼漁業協同組合
北海道目梨郡羅臼町船見町2-13
TEL:0153-87-2131
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