「西成ライオットエール」は業界のアウトサイダーとして、クラフトビールの大衆化を見据えた戦略をとっていた。それは必ずしも業界の常識と一致するものではないが、山﨑昌宣さんの考えに共感し、賛同する関係者も増えつつあるという。好きなことを続ける、好きなことで妥協しないための秘けつはどこにあるのか。後編では山﨑さんの考える経営のあり方から、そのヒントを探る。
本業である介護事業の重要性
クラフトビール事業は単体ではやっていけません。現在の工場の規模ではどれだけ売っても割に合わないんです。うちは小さい工場なので、月間2500リットルをつくるのが限界なんですけど、直営店2店舗の売り上げを含めても、原材料費や人件費などをペイできる程度です。
ディレイラブリューワークスの直営カフェ「Ravitaillement」(アビタイユモン)では常時4種類のクラフトビールが楽しめる
じゃあ、ビール事業の投資をどうやって回収するのか。金銭という意味での回収は介護、医療、就労支援をからめないとむずかしいことは自覚していました。だから、本業である介護事業をつねに太くすることを意識しています。
クラフトビールの業界の常識に逆らったり、ビールづくりで妥協する必要がないのも、本業がしっかりしているからこそです。
たとえば、ビールは発酵中に雑菌などが入って汚染されると、廃棄するしかありません。ただ、うちは汚染されていないけど、おいしくないものができたときは廃棄します。
廃棄するためには税務署に、「汚染されている」「腐敗している」「発酵していないのでお酒になっていない」といった理由を説明しなければなりません。ところが、「自分たちの思っている味になっていない」「思ったほどおいしくない」という理由ではなかなか認められないんです。
普通はどこの醸造所もそんなことはしません。でも、当然こだわるべき部分だと思うんです。もし、ビール事業を専業でやったら、出荷せざるをえないんじゃないか。
ビールの規模感を本業と同じくらいにまで成長させて「ビールで食っていくぞ」となったとき、今と同じマインドでいられるのか。好きだからこそ、一歩引かないといけない。専業でないことを言い訳にしてはいけませんが、恩恵は生かすべきです。
もちろんクラフトビール事業はもっと大きくしていきたいと思っています。そのためには、バックボーンとなる介護事業はもっと大きくしないとならないのです。
味にこだわった自慢の新作はどれも個性豊か。写真はジンジャーシロップ、ブラッドオレンジを入れたクラフトビール「New World's End Super Nova」
現状維持するためには、現状維持以上の労力が必要
元々勤めていた介護の会社が倒産したことをきっかけにシクロを設立して、今年で12期目になりました。ここまで続けられた理由は、早い時期から経営に集中したことです。
長く続ける、できることを増やすというのは、規模を大きくすることです。自分ができないことを他人に任せることができた分だけ、やれることが大きくなります。組織化を考えると、得意なことで自分は強くなっておくべきです。
介護や医療の業界でがんばった方が独立すると、自分がプレイングマネージャーであることをなかなかやめません。自分がリハビリをしながら経営したりするんです。開業医も同様で、自分が必ず診察に立ち続けますよね。そうすると、その医院を大きくすることしかできません。
僕も最初は自分が圧倒的な実力を見せないと人はついてこないと思っていました。当時は30代前半だったので、なめられてしまうと思っていたんですね。でも、僕は早い段階でプレイングマネージャーをあきらめました。
山﨑昌宣さん。32歳のときに独立し、現在はシクロを300名近くの社員を抱える企業に成長させた
僕は自転車の実業団に所属していたんですけど、このときの経験は今でも大事な哲学になっています。どういうことかというと、自転車のレースでは大逆転がありません。一本道のレースなので、追いつくために必要な労力がとても大きく、一度離されてしまうと圧倒的に不利になります。
先頭集団にいても、そのなかで競争があります。集団の後方はしんどいんです。前方のペースに合わせてブレーキをかけたりスピードを上げたり、体力をむやみに使うから。みんな集団の前に行こうとするので、今の位置をキープしようとするとどんどんおいてかれてしまうわけです。
経営においても同じで、現状維持を目指してはいけない。結局、停滞になりますから。現状維持はトラブルがないことが前提です。でも、会社を経営していればわかりますが、つねにトラブルはあるもの。だから、つねによりよい状態を目指すぐらいがちょうどいいんです。
アイデアとは2つ以上の課題を同時に解決できる手段のこと
ビールをはじめ、いろいろな事業を手がけているからか、よく変な会社だと言われますね。ただ、介護もビールも共通するのは、「西成の人たちをどうにかしたい」という思いです。
任天堂の宮本茂さんが「アイデアというのは2つ以上の課題を同時に解決できる手段」という趣旨のことをおっしゃっていて、それがずっと僕の頭に残っているんです。
本業の介護で課題があれば、介護という枠組みだけで考えるのではなく、ほかの業界とリンクして解決できるアイデアは何か? そんな視点で考えるわけです。
その一つの例が、来年稼働予定の新工場の建設です。新工場の建設を計画したとき、ビール工場というだけでは土地と建物の融資はおりませんでした。ビールだけだと数字が上がらないんです。月産の醸造量が決まっているので、銀行もビールだけでは食っていけないことが数字としてわかるわけです。
でも、新工場をつくると、ビールの醸造量が増えるだけでなく、今の試算で最大60~80人くらい生活保護受給者や障害者の雇用を増やせます。そして、工場の3階を障害者が助け合って住めるワンルームマンションにする。
さらに、工場のそばにゲストハウスもつくり、運営も任せる。介護とビールでのシナジーが生まれるわけです。そうしてはじめて、銀行もはじめてプロジェクトとして融資してくれました。
もう一つの例は、ビールの原料である麦芽の処理です。大阪では、麦芽は肥料にしないと産廃処理扱いになり、毎月5万円の費用がかかります。大きな工場になれば、10万円、20万円となっていく。だったら、新工場の屋上で、麦芽でつくった肥料でホップを育てられないかと考えました。
これが実現できれば、ローカルビールとしての特色も出せます。第一次産業が何もなかった西成で、ようやく地場のものを使うことができるんです。
同時に、西成での緑化の課題も解決できます。違法建築が多いせいか、屋上にある貯水槽の水がお湯になるほど熱くなってしまう。屋上の活用方法はずっと議論されてきましたが、ただの緑化はレクリエーションにしかなりません。
しかし、ホップを育てることができれば、商品としての価値が出る。西成での一つのムーブメントとしてつくっていくことができます。
西成ライオットエール。西成発のクラフトビールが業界の未来を切りひらく
今後は、クラフトビールがもっと浸透した世界を見たい。そのためには、まずは市場で勝負できる価格帯にもっていきたいと思っています。少なくとも西成エリアだけでも実現したい。
原材料や手間を考えれば、ある程度の価格は避けられませんが、地域に対しての何かしらの特権、圧倒的な価格差を出したいんです。箕面ビールもやっていることですけど、箕面市のおみやげ屋さんではすごく安い値段で箕面ビールを買えます。
西成なら大手ビールとライオットエールが同価格帯だけど、東京で飲むなら1杯700円する。観光客を引き込めるフックにもなるはずです。そういう形がクラフトビールに対する僕らなりの回答なのかもしれません。
シクロ
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