『RPGタイム!~ライトの伝説~』(以下、RPGタイム!)というインディーゲームが発売前にも関わらず、数々の賞を総なめにして話題を集めている。本作の特徴は、「小学生のケンタ君が作った大作RPGを遊ぶ」というユニークな設定だ。その話題作が構想15年、制作9年という時間を経て、ついに完成間近だという。開発者の藤井トムさんに本作の開発について、そしてインディーゲームについて話を聞いた。
新トレーラー。小学校の机の上に置かれたノート(ケンタ君作)にえんぴつで描かれたさまざまな冒険物語。バトルやアクション、シューティングなどさまざまな要素が詰め込まれたゲームを、ゲームマスターであるケンタ君と一緒にクリアしていく
「ノートに小学生が手書きで自作したRPG」は卒業制作から生まれた
――本作の最大の特徴が「ノートに小学生が手書きで自作したRPG」です。このアイデアが生まれた経緯を教えてください。
私と南場は同じ学校の学生で、卒業制作で一緒にゲームを作ったのがきっかけです。クラスでチーム分けされるんですけど、私たちは落ちこぼれのチームだったんですね。なので、むずかしいプログラムはできないし、美麗なCGも描けない。そんなところからスタートしました。
それでも、ゲームを作るからには目立たなくてはいけない。これは卒業制作に限らず、今のゲーム業界でも同じですね。それでどうすればいいかを考えたとき、ブルーオーシャン戦略を取ろうという話になりました。過密競争になっているジャンルではなく、競争率が少ないジャンルのほうが目立つし、戦いやすいと考えたんです。
――どういうジャンルが人気あったんですか?
学校の授業では比較的作りやすいシューティングや横スクロールのアクションが多かったので、卒業制作でも7割ぐらいはそれらを作っていました。同じジャンルに参入してしまうと、きれいなグラフィックのチームや、プログラム的にすごいことをやっているチームが目立つので勝ち目がない。
だから、過去の卒業制作を調べて、あまり作られていなかったRPGに目をつけました。そしてみんなでブレストして、RPGと何かを組み合わせるというアイデア出しをしたんです。たとえばRPGとお笑い、RPGと経営、RPGと教室、RPGとペットボトル……そしてRPGと手帳となったとき、ピンと来たんです。
当時はちょうど「ほぼ日手帳」が出始めた頃で、格言や日本地図、おみやげリストなど、おもしろいページがたくさん載っていて、たとえば乗り換え案内のページをすごろくに見立てて、東京から大阪に行くような冒険を作ってみたらいいんじゃないかという話になりました。
ただ、手帳だと思ったよりアイデアが広がらなくて、それなら単純に白紙のノートだったら、なんでも好きなように書けるぞと気づいて、「白紙のノート=落書き帳」というコンセプトが生まれました。誰もきれいな絵は描けませんでしたけど、小学生にしてはちょっとうまい程度の絵は描くことができたので、小学生がらくがき帳に絵を描いていたことにすれば、本物に近いからいいとしっくり来たわけです。
――卒業制作なら、特にプレイヤーのターゲット層は想定しなかった?
学校のカリキュラムではゲームを作って終わりではなく、学校の購買で販売したんです。そして、売上金額から製作費を引いて、利益が高いほど成績が高いというものでした。だからメイン購買層は後輩になります。卒業制作の作品を見ますから。そういうわけもあって、最初から「誰かに遊んでもらうこと」は意識していましたね。
開発者の藤井トムさん(左)と南場ナムさん(右)。スタジオ「DESKWORKS」を結成し、『RPGタイム!』の開発を続ける
――完成したゲームはどのくらいのプレイ時間だったんですか?
プレイ時間は15分です。RPGとしてはとても短いですよね。ただ、卒業制作に当てられる期間は夏休みを含めた3カ月。そのすべてを費やして開発しても15分のものしかできなかったんです。本当は60ページぐらいの壮大なステージを考えたいたんですけど、40ページ、30ページとどんどん減っていて、結局20ページぐらいのボリュームになったという感じでしたね。
――15分のゲームを作るのにすごく時間がかかるんですね……。
卒業制作でRPGが作られない理由の一つが、このボリューム問題なんですよ。RPGは作るのに手間がかかってしまう。しっかりした世界観やストーリー、そして武器やアイテム、装備品、経験値など、設定するものが多いんですね。
一方でシューティングゲームは飛行機が動いて、弾が出て、弾が当たったものが壊れれば、極端なことを言えばゲームとして完成するんですね。武器や敵の種類、背景がなくてもある程度、ゲームとして成立するラインが早い。もちろん、突き詰めれば簡単に作れるジャンルなんてありませんが、既存の市販されているタイトルの中でも、RPGは比較的大作が多いイメージがありますよね。
我々の作品が15分になってしまったのは単純に実力不足もありますが、当時からアイデアをギュウギュウにつめこんでいたことも原因の一つです。ただそうしたこだわりは評判がよくて、実際、歴代で最も売れたタイトルになりました。そのときの自信というか、おもしろい作品はしっかり評価されるという経験は今に活きていますね。
構想15年、制作9年……どうしてこうなった?
――『RPGタイム!』は卒業制作の作品がベースになったわけですが、いつから製品化に取り組み始めたんでしょうか。
学校を卒業後、開発を再開するまでには6~7年ぐらい間がありました。卒業後にすぐみんなで一緒に作ろう!という考えは毛頭なくて。なぜなら当時はゲームを作っても発表できる場がない、ゲーム会社に入らないと作れないという時代だったんです。だから別々のゲーム会社に就職して力をつけて、いつか再集結して作ろうという話をしていました。
私は思い入れがあったので、ゲーム開発会社に就職して、社内コンペで積極的に応募したり、新規タイトルが採用されやすい会社に転職したりしたんですが、なかなか製品化には結びつきませんでした。その間に「Unity」(※)というツールができて、インディーゲームというジャンルが確立されて、ようやく頃合いなんじゃないかとふたたび集まったのが、私と南場でした。
※Unity……ゲームエンジン。ゲームを開発するための機能が1つにまとまっている
――最初からずっと2人で?
当時の私と南場では、プログラムとグラフィックはなかなかできなかったので、まずはプログラマーさんにお願いして、「RPGタイム!ツクール」みたいなものを作ってもらったんです。「Unity」上で私たちがやりたいことを作れるツールですね。それが半年から1年ぐらいで完成したので、それからは二人でひたすら作っていました。
――それぞれどういう役割を担当されていたんですか?
ゲームの内容やシナリオは二人で相談して、えんぴつ絵は南場が担当し、私はUIや3Dモデリングを担当したり、スクリプトというプログラムの簡易版みたいなもので南場の描いた絵を組み込んだりしました。
その間にサウンドや3Dモデルでむずかしいところなどは別の人にお願いしながら。2019年に法人化をしまして、そのときに2人だとこの物量のものは作りきれないことがわかったので、サポートとして4人の方に入っていただいて、現状は我々と制作のサポート4人の計6人体制で最後の仕上げをしています。
えんぴつで描きこまれたダンジョン
――まだ投資した金額を回収できてないわけですけど、ビジネス的に大丈夫なんですか。
全然ダメですね。9年前にスタートしたときからほぼ専業で、つまり無職の二人が集まってもそもそと作っている状態でした(笑)。ただ、二人とも小銭を貯めるのが好きである程度は蓄えがありましたから、2~3年はやっていけると計算していました。作り始めたのが28歳で、じゃあ30歳の記念にリリースして、売れなかったらまた元の会社に戻ろうと。それが9年経ち、もうアラフォーなんですけど(笑)。
――ずいぶん経ちましたね(笑)。ここまで時間がかかってしまった理由として、思い当たることは何でしょうか。
二つありまして、まずは「あとちょっと作るともっとおもしろくなる」という状態がずっと続いたことです。「ここをこうしたらおもしろくなるから、これだけやろう」「あ、それならここをこうしたらもっともっとおもしろくなる」をくり返していた。
あともう一つは、東京ゲームショウのインディーゲームを展示する場所に出すこと。開発の3年目くらいにエントリーしたものの、落選してしまったんです。そのクオリティーに達していないという判断をされた気がして、もう一年間がんばってダメで……となって、こうなったら東京ゲームショウがウンというまで作ろうと思っていました。
――現在の状況はバグを取る作業を残すのみとのことですが、内容としてはもう仕上がったということでしょうか。
「もう追加しないぞ」と何年も前から言いながら追加していたんですけど(笑)、「本当に追加しないぞ!」というよりは、それぞれのページがアイデア的に飽和状態になっていて、これ以上、入れようがないところまで作りこむことができたんです。あとはバグなく最後まで遊べるようになれば大丈夫だというところでふんぎりはつけました。
机の上に広がる本作のダンボール工作のワールドマップ
開発者のこだわりが詰まった、濃密な10時間を体験できる
――本作はストーリー、ビジュアル、ゲームならではの体験のうち、あえて言うと何を重視していますか?
ゲームならではの体験ですね。見て、聞いておもしろい演出も大切なんですけど、それをプレイにつなげていくことを意識しました。このゲームを開発していて、一つ大きな発見があったんです。
――その発見とは?
ゲームの体験という定義が広がったんです。今まではコントローラーで入力して、何かが起こり、プレイヤーが受け取る。それが体験だと思っていたんですけど、実は、画面から目が離れていても、コントローラーをにぎっていなくても、ゲームを通じてプレイヤーに体験させる方法があるなと気づいたんです。
それは、プレイヤーが考えることが、もう体験になっているんだと。実際にコントローラーを持って遊んでいることが体験であると同時に、何かゲームのことを思ったり、次どうなるんだろうと考えたりするのも体験だと思うんです。
――本作で重視したゲーム体験という意味で、藤井さんの心が動いた作品を挙げるとしたら何でしょうか。
AAAから個人開発のゲームまで遊びますが、最近遊んだタイトルで一つ挙げるとすれば、新しいアイデアや体験に満ちた『Knights and Bikes』です。『リトルビッグプラネット』や『Tearaway ~はがれた世界の大冒険~』を開発した方がインディーゲームに参入して作ったゲームです。子ども2人が不思議な島で大冒険をするというもので、体験に特化しているんです。
マンガでストーリーが進む場面も
――『RPGタイム!』はどのくらいのプレイ時間を想定していますか。
全体で10時間ぐらいです。タイトルにRPGと付けてしまったので、10時間は遊べるようにしたい。そのため結構ボリュームは頑張りまして、200ページ以上と思ったより分厚いノートになりました。
――いろいろな要素で10時間遊べるのは濃密な体験ができそうですね。
そうですね。10時間というとRPGユーザーによっては1日でクリアできてしまうかもしれませんが、1時間遊ぶだけでもドッと疲れるぐらいの体験をしていただけると思います。インディーゲームは必ずしもボリューム重視ということはなくて、濃い体験が求められているなとも思いますが、とはいえ、楽しんでくれたファンのためにもじっくり楽しめる要素は用意したいと思っていますね。
――ボリュームはやはり気にされる部分なんですね。
気にされる方は多いと思います。私が別会社でゲーム開発していた頃は、よく「このRPGはどのくらいのボリュームなんですか」と聞かれましたし、上司からも「なんとか何十時間以上のボリュームにするんだ」と言われましたね。
その結果、同じフィールドで長く遊んでもらうためにいわゆる「迷いの森」みたいなグルグル回るダンジョンを作ったり、ボスまでにこれぐらいレベルを上げないといけない形にしたり、開発とプレイ時間はそんな戦いがあったんだなと思います。
――言語は英語にも対応するそうですね。海外展開は元々考えていたんですか?
海外展開は想定していました。公の場で英語版を出してみたら、すごく反応がよかったんです。アメリカ、フランス、中国など、あらゆる場所からいい反応が返ってきました。
――日本っぽさが受けた?
意外なことに、ゲームをプレイした人から「ノートとえんぴつを使う遊びは日本でもやっているの? 俺の国だけだと思っていたよ」と言われたんです。どこの国でも公にゲームで遊んではいけない状況は共通しているんだなと気づいて、すごくいい題材を選んだと感じました。
もう一つ意外だったのが、海外のパブリッシングに精通された方に海外版はケンタ君の名前をケンにしたり、髪の毛も国に合わせて変えようか相談したら、そのままでいいと言われたんです。「みんなは日本の少年が作ったゲームを遊びたいんだ」と。ケンタという名前も響きがいいと言われましたね。おそらく、海外でもトヨタやスズキといった名前が受け入れられている感覚に近いのかもしれません。
本作の特徴であるえんぴつ絵は合計で1万枚を超えたとか
――『RPGタイム!』はすでに多数の賞を獲得していますが、影響は大きいですか?
我々も賞を取れるとは思っていなかったんですが、効果は大きかったですね。賞を取ることで開発者を支援するパブリッシャーやメディアが見つけて取り上げてくれたことで、一般の人に浸透していきました。
――イベントなどでプレイしてもらうことで、さまざまな意見があったと思います。そうしたファンの声をどうやって取捨選択していますか?
卒業制作をあらためてインディーゲームとして世に出そうと思ったとき、老若男女が遊べるゲームにしたいと思ったんです。だから、みんなの意見を聞いて、みんなが楽しめるようなものを模索してきたと思っています。
私は「一番人気があるコーヒーの温度の統計を取るとぬるいコーヒーになる」という話が好きなんですよ。ホットコーヒーが好きな人、アイスコーヒーが好きな人、その両方にウケようと思ったらぬるいコーヒーにすればいいのかというと全然違う。どちらかの意見を聞かないといいコーヒーはできません。
みんなの意見を聞きすぎるとぬるいコーヒー、つまり誰からも求められないゲームができてしまう。そんな風に思ってしまうんですが、みんながおもしろいと思ってもらえるものはまだ何かあるような気がしているんです。もちろんゲームとコーヒーは別物ですし、綺麗事かもしれませんけどね。
インディーゲームの今とこれから
――今のゲーム業界はAAAタイトルとインディーゲームの2極化しているというと言いすぎでしょうか。
私も二極化していると考えていた時期はありましたが、単純に上下の振れ幅が大きくなったのかなと今は認識しています。たくさんのプロモーション費用を使うタイトルもあれば、とがっているインディーゲームもある。もちろん、その間に既存シリーズのファンを大事にしながら堅実に作られているゲームもあって。
――インディーゲームは現在、いろいろなプラットフォームで出ていますが、参入しやすいのはどれでしょうか。
App StoreやGoogle Playのスマホゲームですね。個人開発者でも参入しやすいと思います。スマートフォンは母数も多いですし、遊んでもらい易い印象です。
日本にはいろいろなゲーム制作文化があって。インディーゲームは定義が様々なんですけど、少人数で自分の好きなゲームを作るという意味では、多様でおもしろいと思います。
個性的なボスをどう倒すか考えるのも楽しい
――ゲームを作りやすくなったのは、「Unity」の影響が大きい?
そうですね。「Unity」は我々のようなプログラム専門の人や、グラフィック専門の人はもちろんですが、ゲームの設計図を書くプランナーやゲームデザイナーにとって、すごく強い武器になるんじゃないかと考えています。
プロトタイピングと呼ばれるゲームの核の部分は個人でちょこちょこやったり、土・日の間で作ることが可能になりました。それまではスタートが大変でしたが、スタートを早めるというのが「Unity」の力だと思います。
開発エンジンの進化だけではなくて、インディーゲームを取り巻く環境も整ってきたと思います。正直なところ、いちインディーゲーム開発者として、今はすごく恵まれていると思うんです。昔もインディーゲームは作れましたけど、ニッチすぎて売れないとか、販売するところが限られているという制約がありました。
でも、今や小規模でもメジャーなタイトル級並にいろいろなプラットフォームで展開できたり、メディアに取り上げていただいたり、さらには講談社や小学館といった出版社が支援に乗り出していたり。
それに、ユーザーもいろいろなゲームを分け隔てなく遊んでいる印象です。私が学生の頃と違って、今は多少グラフィックが悪くても、実は遊ぶとおもしろかったという口コミが広がりやすい土壌――たとえばインフルエンサーやYouTubeの配信――がありますし。
あたたかみのあるグラフィックを実現した手作りのパーツは唯一無二!?
――最近のインディーゲームで目を引くタイトルはありますか?
『Slay the Spire』というローグライクなカードゲームですね。一昔前はドット絵=インディーゲームというイメージで、ピクセルアートのゲームが多かったんです。今はタイトル数がなり増えたので、ドット絵だけで目立つのはむずかしくなってきて、新たなアートのものが出てきました。
――『Slay the Spire』はたくさんのフォロワーを生むほど影響を与えたタイトルですよね。売れるジャンルであり、作りやすいという理由でしょうか。
たしかに作りやすい側面はありますね。ただ、作りやすさがおもしろさにつながるわけではなくて、『Slay the Spire』は異様に中毒性のあるゲーム性があってこそ、ここまで売れたタイトルになったと思います。発売後もずっとゲームバランスを調整していたことも有名ですが、そういう地道な作業は大事ですよね。簡単におもしろいものが作れて儲かるゲームなんてないと思います。
――『RPGタイム!』もかなりとがった作品です。追従する作品は出てくると思いますか?
これまでえんぴつ風のグラフィックがなかったわけではないですが、フォロワーが生まれたらうれしいですね。ただ、アニメーターや本職の方が力を入れたら鬼に金棒状態ですから、そうなったら我々はまた新しい表現の『RPGタイム!』を作っていこうと思います。
『RPGタイム!~ライトの伝説~』
ジャンル:手作りノートアドベンチャー 対応予定プラットフォーム:Xbox Series X|S・Xbox One・Windows 発売予定:今冬 https://rpgtime.jp/
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