幅広い分野が研究対象となる心理学の世界。現役の大学講師で心理学者の藤巻貴之先生にお話を伺うインタビュー後編となる今回は、心理学とビジネスの関係性からリーダー論を中心に語ってもらった。組織のリーダーの分類、各属性への接し方など、簡易的ながらすぐに取り入れられる内容となっているので、ぜひ試してもらいたい。
※前編はこちら
「PM理論」でリーダーへの対応を変化させる
――この本の中でもわりとビジネスシーンを想定したような、具体的なテクニックが入っていますが、心理学とビジネスの関係性とか、親和性についてお伺いできますでしょうか。
考え方として古いのかも知れないですけども、心理学は日常生活の場面を想定した時に、家庭と職場って大きく分けて考えられることが多くあります。その職場の中で起こっている働き方とか人間関係を心理学で考えていくということで、産業心理学とか組織心理学っていう分野が昔から存在しています。
これらはどういうふうに人が効率的に業務をこなすことができるか、その組織の中でパフォーマンスを発揮していくことができるか、という点がベースになっています。仕事という場面はやはり、自分の能力を発揮して組織に貢献していくというのが大切になってくるので。
――そうですよね。例えば、その視点から組織の運営の仕方とか、または組織の一員として望ましい立ち回り方みたいなものってあるのでしょうか?
リーダー心理学やリーダーシップ論と呼ばれる分野で、「こういうリーダーだと部下はついていきやすい」とか、「部下の満足度が高まりやすい」「リーダーにはこういうタイプがある」みたいな研究はありますよ。
――それは気になる研究です。簡単なものを1つ教えていただけますか。
簡単なのは「PM理論」でしょうか。Performance(パフォーマンス)とManagement(マネジメント)の頭文字から取られた理論で、リーダーのタイプ分けをしたものです。日本語にするとPを重視する「目的達成型」と、Mを重視する「関係維持型」という2つの軸で分けられます。
「目的達成型」は、仕事のゴールに向かって真っ直ぐに突き進むタイプです。クオリティーを重視するため、部下や後輩の能力を向上させることには長けていますが、厳しさが前面に出やすいので「ついていくのでやっと……」と感じる人も出てくるかもしれません。
一方「関係維持型」は、思いやりとかやさしさを大切にするタイプなので、いい雰囲気を作るのが上手です。ときには自分がピエロになることもいとわないですが、空気がゆるすぎて仕事があまり進まないということもあります。この2つの軸の強弱により4分類されています。
――この2つのタイプへの適切な対応の仕方などもありますか?
目的達成型は自分の中で答えを持っていることが多いので、新しい考えや意見を伝えても効果が薄い可能性が高いです。それよりも「どうしたら今の業務を効率的に進められるか」という視点のアイデアが求められる傾向にあるため、この視点に絡めて自分の意見を展開するといいかもしれません。
関係維持型を相手にする場合は、会議の場などで思い切った意見をズバッと言っても、最終的には「1つのアイデア」としてまとめられてしまうことが多くあります。それよりも、会議が終わったあとに個別に伝える形をとったり、別のリーダー格の人に話を通して同じ意見の仲間を増やすようなやり方のほうがうまくいくと思います。
――言われてみると、同じ会社内であっても、部署ごとにかなりイメージや雰囲気が違う集団になっていたり、接し方の違いに苦労することもよくありますが、これはリーダーがP寄りかM寄りかという話だったんですね。
理屈ではそうなっています。ただ、これは心理学という学問の難しいところで……当たり前ですが、理論的なものがあったとしても、それを実際の職場に当てはめてみた時に、やっぱり理屈どおりにいかないってことがあるんです。もっと言えば、時代とか世間の風潮、環境によってもすごく変わってきてしまう。これは組織論だけではなくて、個人でも言えるんじゃないかなと思いますけど。
失敗しないコミュニケーションはない
――そういう意味では、今回の書籍で紹介されているコミュニケーションのテクニックは、かなり根源的な作用をするテクニックに絞られている印象でした。
学問とか実験をベースにしたものを選んで紹介するようにしました。特に序盤では「目の動き」や「手の動き」などで相手の心理状況を読み取るテクニックを紹介しているのですが、これは時代や環境が変わってもそんなに大きくズレることは無いかなと思っています。
ただ、やはりどうしても「100%確実」みたいなことはちょっと難しいとは思うんです。相手も人だし、こっちも人なので……。でも、1つがうまくいかなかったから、もうダメだっていう話ではなくて。それをどういう風に調整していったら、うまくその効果が発揮できるのかなとか、1つのコミュニケーションの手掛かりという感じで使ってみるのもいいのかも知れないですね。
――心理学のテクニックも使い方の工夫は必要なんですね。
私が1つお伝えしたいのは、失敗をしないコミュニケーションっていうのはないということです。私なんか、いつも失敗してます。私のコミュニケーションは完璧だ!って思うのは、多分、一生ないんじゃないかなと思います。逆に、そう思うことってすごく危険にもなりえるかなと。
――心理学の先生と言うと、「細かい動作を見抜かれて、心の奥底まで見透かされるんじゃないか」とか、「こっちが知らず知らずのうちにコントロールされるんじゃないか」とか、対人関係を自由自在に操るようなイメージも少なからずあるのですが、先生もコミュニケーションで失敗することがあるんですね。
やっぱりそういうイメージってありますよね(笑)。私も実際に友達とか学生から「心理学やってるの? 怖いね」「なんかウソつけなそう」と言われることもあります。ただ、心理学を専門として勉強してみて何がわかったかって言うと、「人の心を理解するのは難しい」ということだと思います(笑)。
人の心を思いどおりに見透かすみたいなことは、ちょっとおこがましいことなのかなともやっぱり思ったりして。今回の書籍で紹介している心理学を使ったテクニックも、「人間関係を大切にする」というベースのもと、それを円滑にするために使ってもらえたらうれしいですね。
藤巻貴之(ふじまき・たかゆき)
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校を卒業後、目白大学大学院現代社会心理学研究科修士課程修了。現在は目白大学・社会学部社会情報学科専任講師として心理学系の講義を複数担当。専門は社会心理学で、おもに対人コミュニケーションや社会的相互作用など。心理学系の書籍出版が多く、名高い渋谷昌三先生に師事。