世界150以上の国と地域で活動している『セサミストリート』。日本ではアメリカ発の英語教育番組という印象を持つ人が多いかもしれないが、実は1969年の放送開始以来、多様性とインクルージョンを伝えてきた教育番組なのだ。そう、今やさまざまな文脈で目にしたり耳にしたりする「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」に早くから取り組んでいるのである。そんなセサミストリートについて、セサミストリートジャパン合同会社マーケティングマネージャーの吉田麻鈴さんをお招きし、セサミストリートだからできることや製作ポリシーなどを聞いた。後編ではセサミストリートのみんなに素朴な疑問も聞いてみたので、あわせて読んでみてほしい。
セサミストリートが伝える「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」とは?
――ダイバーシティは日本語で言うと多様性ですよね。セサミストリートが考える多様性とは何ですか?
家庭環境、人種や文化、ジェンダーなど、誰一人として同じ人はいなく、誰もが何かしらの個性や背景を持っている、ということですね。そうした違いをあるものとして、エクイティ(公平性)を求めながら共存していこう(インクルージョン)。そういう気持ちで、セサミストリートでは「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」を掲げています。
――子どもは多様性を理解できるものですか?
はい。子どもたちは乳児期から肌の色や目の形といった身体的な違いを認識し、幼少期においては自身のアイデンティティーを育んでいく、ということがわかっています。
――なるほど。多様性を認めましょう、と。
セサミストリートとしては、多様性を認めるのではなく、「尊重しましょう」と伝えています。英語で言うとRespectやCelebrateになります。
――認める/認めないの話にするのではなくて、すでにあるのだから、尊重することが大事なわけですね。とはいえ、尊重するのってなかなか難しいですよね。
セサミストリートでは、自分をよく理解し、受け入れるところからスタートします。自分を知るからこそ、相手との違いが見えてくると思うからです。日本ではセサミストリートカリキュラムを小学校に導入していて、自分と相手の違いを考える授業をしています。自分の考えや価値観と向き合い、相手と意見を交換しながらお互いの違いを学びます。会話をしながら、自分の考えが変わってもいい。そして相手の考えも尊重し、自分の考えも尊重するように促していきます。
そのほか、セサミストリートはテレビの前に一人の子どもが座っているという設定で作っているので、番組の途中でキャラクターがカメラ目線になって問いかけることがあります。「あなたはどう?」「君はどう考える?」と語りかけることで、意見の押し付けではなく、考えるヒントを提供するようにしています。
吉田麻鈴さん/2016年にセサミワークショップへ入社し、2021年からセサミストリートジャパン合同会社マーケティングマネージャー。セサミストリートの日本語版制作や小学校向けカリキュラムの開発、健康教育や多様性理解のプログラムにも携わっている
ストーリーを通して伝える
――セサミストリートでは、現実世界のさまざまな問題を反映したキャラクターが多数いますね。
そうですね。たとえばジュリアは2015年に登場したのですが、その背景には自閉症と診断される子供が増えていることと、アメリカでは自閉症の子どもたちは自閉症ではない子供たちに比べて5倍の頻度でいじめを受けているという事実がありました。そのような状況をしっかり伝え、解決していくため、10年近いリサーチを重ねて誕生しました。「自閉症スペクトラム」と言われるように、自閉症にもいろいろな特性があります。だからジュリアが自閉症を代表するのではなくて「ジュリアの自閉症」であること。そして、ニューロ・ダイバーシティと言いますが、「みんなにすばらしいがある」ことを尊重しようと伝えています。
ジュリア(中央)
リリーとカーリは、貧困や親の問題といった幼少期のトラウマに寄り添うため、それぞれ2011年と2019年に生まれました。リリーはホームレスを経験した女の子で、カーリは母親の薬物依存により、里親との生活を経験した女の子です。どちらも、そういった困難な状況のなかで、周囲の人間がどのようにサポートするか、そして子どもたちがその問題をどうやって乗り越えていくかを伝えています。
リリー(右)
カーリ(中央)
2002年に登場したカミは、HIV/エイズの感染が深刻な南アフリカで、自身もHIV陽性として登場しました。家族や自分が病気にかかるといじめを受けてしまう。そこで正しい病気の知識と友人関係をテーマに、「触ってもうつらないよ」というメッセージを発信しています。
カミ
――現実世界の問題を反映してはいるけれど、ストーリーがあることで理解しやすくなりますね。
あまり現実世界の問題と近づきすぎると、「こうしなきゃいけない」と既に持っている考えに強く影響されることがあります。ですから、一度セサミストリートの世界で、自分だったらどうするかと考えられるのが強みかなと思います。
ジュリアを例にとれば、もし教室に自閉症の子がいればジュリアと似た人がいるなということがわかる。現実世界だと個人的な感情やその子との関係性もあってなかなか考えづらいかもしれない。でも、まずジュリアで考えてみたら、現実世界でのコミュニケーションにつながる対応が考えられるのかなと思っています。
火星人がエルモと地球人を観察する「火星人のミッション」をはじめ、子供の想像力を刺激するさまざまなストーリーがある
――ビッグバードがジュリアと最初に出会うエピソードで、彼女の行動が理解できずに困惑する、というシーンがあります。現実世界を反映させるとき、どうしても一部を切り取ることになりますよね。
あのシーンは、自閉症の子供たちの日常でよくあることの一つです。しかし、私たちが気をつけているのは、ジュリアの自閉症はジュリアの自閉症でしかなく、自閉症の人でも一人ひとり違いがある。ジュリアが自閉症を代表しているとか、セサミストリートが「自閉症はこういうものだ」と定義するのではなくて、それこそ多様性の一つとして、ジュリアの自閉症に対してセサミストリートのキャラクターたちはどう対応したのか? それに対してジュリアはどんなリアクションをしたのか? その過程が見えることに重点を置いています。
――ステレオタイプな印象を与えない工夫があるんですね。
そうですね。アランがジュリアは自閉症だと説明するシーンがあるのですが、それも大人がどのようにフォローして説明するのかといった伝え方を、ステレオタイプにならないよう、専門家とともに作り上げました。
――セサミストリートは、理想の世界を表しているんですか?
たしかにセサミストリートではキャラクターの成功事例が多く、理想的な行動が多く見られるかもしれません。ただし、夢や理想ばかりを取り上げるのではなく、また子どもだからといって難しい話をごまかしたり、いいところだけを教えたりせず、どのように子どもたちの行動や考えを促すことができるのか、難しい問題を適切に伝えることができるのか、専門家や教育者とともに考え、データに基づき制作しています。
ローカライズの工夫と日本ならではの事情
――セサミストリートはもともとどういう経緯で製作が始まったんですか?
セサミストリートは1969年、貧困問題や人種差別といった社会問題を教育の力で解決していこうと製作されました。子どもたちが家庭環境に左右されずに、教育を通して将来を前向きに描けるように、自分の可能性を最大限に生かせるようなコンテンツを届けよう、と。
――50年前、そうした社会問題に焦点を当てた番組は受け入れられたんですか?
当時はさまざまな理由で学校に行けず、家でテレビを見て過ごす子どもが多くいました。そこで、セサミストリートの創立者たちは、クリエイターや教育者、テレビメディアの関係者と集まり、「テレビを使ってすべての子供たちに良質な教育を届けよう」と一丸となり、リサーチした学術的なデータに基づく番組を制作しました。さまざまなキャラクターやゲストが登場し、音楽やアニメーションを用いた番組は子どもや保護者の間で大ヒットし、後にアメリカテレビ史上最長の記録を打ち立てる番組に成長しました。
放送初期のセサミストリート
――日本ではまだ英語教育番組という印象が強いですよね。
そうですね。以前テレビ放送していたときの印象が強いのだと思います。当時はアメリカでも子どもたちの就学準備を支援することをテーマに、数字やアルファベットを取り上げていました。それをそのまま英語で放送していたので、英語教育という印象が強くなったのかなと。現在はU-NEXTで最新のエピソードを配信しているので、現在のセサミストリートを観ていただくことができます。
――ローカライズする際に苦労することは何ですか?
基本的なメッセージは変えず、その土地の文化やニーズに沿ってローカライズしています。たとえば、ordinaryは翻訳するだけでは「普通」という意味ですけど、普通ってすごく難しい概念なので、状況やキャラクターがいる環境に合わせて言葉を選んだりしています。
――日本ではまだ「自閉症」と言うより、「人はみんな違う」といったメッセージだけを伝えることが多いように思います。
セサミストリートでは、自閉症であることは恥じることでも隠すことでもないと考えています。そのため、ジュリアの紹介では「自閉症」と伝えますし、ほかのキャラクターにおいてもそれは同じです。ただ、先ほども申し上げたとおり、明言はするけれども、その特性や背景がステレオタイプにならないように気をつけています。
間違ってしまったことも、しっかり見せていくことが大事
――日本独自の活動として「ともだちになろうカルタ」を制作して展開しました。これはどういう経緯で始めたのでしょうか。
これには2つ背景がありまして、一つはセサミストリートが大切にしてきた多様性への理解がよりいっそう重要な状況になっていること。もう一つは新学期や新生活を迎える子どもたち、家族の不安や緊張を和らげて、新生活に希望や期待を持ってもらいたかったことです。大人でも新しいところに行くのって疲れますよね。でも見通しを立てることがすごく大事だと思っていて。事前に自分ができることの選択肢が少し増えることが安心感につながるだろうと思います。
カルタにしたのは、親子や友達と一緒に体験できる機会を作りたかったからです。また、子どもが楽しめる要素を加えながら、学びの機会を作りたかった。子どもは遊びを通して一番よく学べるというデータもあります。なぜなら、自分の関心のある活動には認知的、身体的、社会的に参加することができると言われています。
ともだちになろうカルタ
――今後、セサミストリートを通して伝えていくべきこと、大切な役割は何でしょうか。
これから生きていく子どもたちは今の大人が想像しえない未来に向かって生きていくので、自分で考えたり、正解を見つけたりすることができるスキルや知識を備えて、将来を前向きに考えられるようになってほしいと思っています。
――大人ができることはありますか?
自分自身もアップデートしながら、子どもと一緒に成長することではないでしょうか。セサミストリートは、コ・ビューイング(大人と子供が一緒に視聴すること)を前提に制作しており、番組を見ながら親子で会話しましょうというガイドラインをつけていたりもします。必ずしも大人が正解を持っていたり、大人の正解が子どもの正解になるわけでもなかったりするので、一緒に考えていくことが大切だと考えています。
特に、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンは何か一つ正解があるわけでも、大人が必ず答えを持っているわけでもありません。ですから、一緒に考える姿を見せることが大事だと思います。
――これまで伝え方を間違えたことはあるんですか?
セサミストリートにも間違いはあって、もう見られなくなったエピソードや、設定や内容を更新したエピソードなどもあります。たとえば、ビッグバードの親友として知られるスナッフィーは最初、ビッグバードのイマジナリーフレンドでした。だから、ビッグバードとしか共演しなかったのですが、時間とともにメッセージも変化し、「大人は子供が言っていることを信じるよ」ということを伝えるために、大人やほかのキャラクターの前にも登場するようになりました。
また、フランクリン・ルーズベルトは多様性を代表するキャラクターとして生まれましたが、逆に黒人に対するステレオタイプを助長してしまったのでは、と。それで今は登場していません。その代わりにガブリエルやタミルといった新しいキャラクターが生まれています。
スナッフィー
ガブリエル(左)
――誤りを認めるのってなかなかむずかしいですよね。
セサミストリートも学んでいることをしっかり見せなければいけないと考えています。信念を持って作ったからこそ、それが間違っていたなら隠すのではなくて、正しい内容に改めて、きちんと伝えていくことが大事だと思っています。
【後編はこちら】
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