コロナ禍でステイホームが推奨されたとき、家で楽しめるとボードゲームが注目された。ただ、ボードゲームと聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか? 『ドンジャラ ドラえもん』? 『人生ゲーム』? ボードゲーム専門店の会社「すごろくや」の丸田康司さんは、「いま人気のボードゲームは大人が遊べるものとして大人用に作られたもの」と言う。すごろくやが「ボードゲームを選ぶならココ」と言われるまでのお店に成長した理由、さらにはボードゲームを取り巻く状況や定番・最新ゲームなど、さまざまな視点でボードゲームを解剖する。
ボードゲームは誰のもの?
――丸田さんが起業した当時(2006年)、ボードゲーム業界は1000人程度のマニアに支えられていたそうですが、現在、プレイヤーは増えましたか?
まだまだ日本市場は小さいですが、広がりつつあると思います(※)。コアなファンが占める割合は全体の5分の1程度で、そのほかデジタル系に強い20~30代の若者を中心に支えられていますね。
※『すごろく』や『人生ゲーム』といったおもちゃ系のものを除いた日本のボードゲーム市場は50億、海外では700億と言われる。
――デジタル系に強い人たちもボードゲームで遊ぶんですか?
大人向けのボードゲームはデジタル要素のほうがはるかに強いんですよ。たとえば将棋はアナログなゲームだと思われていますが、実は違います。手番という完全に区切られたターンを使って、完全に理詰めで先々を考えていくゲームで、プログラミングと同じようなことをしているわけです。だから、デジタル系が好きな人のほうが、ボードゲームに向いていますよね。
――ボードゲーム=アナログというイメージがあります。
アナログという言葉は、最初はアナログ時計のように量的なもので計るものを指していたはずですが、コンピューターではないものがアナログだという定義が根拠なく広がってしまった。その結果、手作業=アナログにすり替わってしまったんだと思います。
――そのすり替えはいつ起こったんでしょうか。
根底を考えれば、子どもの頃から根拠なく受け入れることが染みついているからだと思います。子どもが言葉や世の中のしくみを覚えるとき「なんでだろう?」と疑問に思っても、「そういうものだから覚えろ」と言われてしまうことが日本では多い。
幼少期からそうした教育がくり返された結果、言葉の定義をよく考えずに受け入れることがふつうになってしまったように思います。ぼくはゲームをつくっていたから、元・ゲームクリエイターと言われることも多いんですが、ゲームクリエイターをはじめとしたカタカナ言葉もその一つですね。
丸田康司さん。ゲーム開発者として『MOTHER2 ギーグの逆襲』や『風来のシレン』シリーズの制作に携わったあと、2006年4月にボードゲームショップ「すごろくや」をオープン
――カタカナ言葉はビジネスの現場でもよく使われますよね。
そうした言葉って「どういう意味ですか?」と聞き返せないじゃないですか。ですから、なんとなく暗号的なことを言うと煙に巻けるという部分が好まれているんだろうと思います。ゲームクリエイターも同じ文脈で存在していると思うので、「開発者」でいいよと思っています。
お互いの共通認識をしっかり確認しないと、理解のズレがあることに気づくことができません。それはボードゲームも同じです。たとえば『カタンの開拓者たち』は万人にはむずかしいゲームなんですけど、戦略好き、つまり、むずかしいことを考えるのが楽しいファンは「自分たちが簡単にわかるから、誰でもわかるだろう」と思っている。さらに、最初はおもしろさがわからなくても、「初心者」なんだから、みんなが最終的にはカタンを好んで遊ぶとも思っています。
でも、ボードゲームを遊ぶのは戦略好きばかりじゃありません。いろいろな人たちがいて、理解度が違えば、素養も違う。ずっと『ウノ』を楽しむ人だっています。
『カタンの開拓者たち』。未開の島を舞台に、採掘や他人との交渉によって5種類の資材を集めて道や家を建設していき、開拓レベルを競うゲーム
――商品のラインナップが500種類以上と豊富な理由でもあるわけですね。
そうです。逆に言うと、戦略好きには、「すごろくや」が子ども向けのゲームだけを売っているお店に見えるんですよ。自分たちには受け入れられないゲームを売っていますから。戦略好きにとっては、単純なゲームではなく、複雑であるほどウケがよくて、そういう複雑なゲームを中心に売っているお店を好む傾向があります。
――売れているボードゲームの条件は。
小さくて安くて、わかりやすいものです。『ナンジャモンジャ』がその筆頭ですね。いまや『ウノ』を超えていると思います。みんなで盛り上がれる。逆に言うと、日本ではこれぐらいのわかりやすさがないと受け入れられないとも言えますね。
日本の市場は海外と違って、売り場で「おもしろそうだから買ってみよう」という目利き買いになりづらいんです。見知らぬものに対して自分の意志で手に取るよりは、誰かにオススメしてもらいたいという気持ちが強い。それこそ、「すごろくや」が求められている理由でもあります。
実際、「すごろくや」には家族連れ、カップル、ゲーム好きなど、幅広いお客さんが来ます。だから、人は理解度が違うという前提に立ち、お客さんがどんな人なのかを確認した上でオススメしますし、広告やキャンペーンを打ったり、紹介記事を展開したりしているんです。
コアファンよりも新規ファンを獲得する
――潜在的なお客さんにボードゲームの魅力を伝えるためには何が必要でしょうか。
大人が遊んで楽しいんだという体験につきますね。ぼくらは大人の遊びとして作られているボードゲームを取り扱っています。ボードゲームといえば『すごろく』や『人生ゲーム』という印象をもつ人たちに、大人向けの楽しいものが山のようにあることを知ってもらうことが大事なんです。
――その入り口として『トランプ』や『ウノ』は機能しませんか?
むずかしいですね。日本だけが、トランプの代表的なゲームといえば「ババ抜き」になる。トランプはもともとトリックテイキング系のゲーム(「ナポレオン」などがその一つ)をするために生まれたカードセットで、かけ引きのあるゲーム、戦略的なゲームができるものなんですが、日本ではほとんど周知されていません。将棋でたとえると、日本だけが山崩しが将棋だと思っているようなものです。
そういう意味では、すごろくやで開催しているイベントが、多くの人にボードゲームは大人用のゲームだと気づいてもらうためのものですね(※コロナ禍以前)。
――イベントはコアなファンになってもらう、お客さんを育てるようなものではないんですね。
ぼくはお客さんにマニアになってほしいと思っていないんです。映画を観たり音楽を聴くことと同じように、ボードゲームで遊ぶこともその選択肢の一つになってくれればいい。普段の生活がおろそかになるまでボードゲームにドハマりしてほしいわけじゃないんです。その上で、「すごろくや」が一番安心して選べる場所であることを目指したい。
すごろくや。海外産のボードゲームのローカライズ(日本語化)と販売、自社製作のオリジナルゲームの販売、書籍の執筆、イベントの開催など、幅広い事業を展開。お店で取り扱うボードゲームは500種類以上
――リアルな場所に加えて、いまはSNSが欠かせないツールのように思います。すごろくやでもSNSで積極的に発信していますが、何か気をつけていることはありますか?
よく見かける「中の人」は避けていますね。個人のパーソナリティーっていろいろな人に向けて対応できないと思うんです。中の人が好きなものに合う人だけウェルカムと分けることになってしまう。
いろんな人に向けて「それぞれが楽しめるものを選べますよ」と発信したいなら、キャラクター的なものを前面に出すべきではないんです。それは中の人を複数用意しても解決できないと思います。
――誰にどのように届けるべきか、かなり意識的ですね。
昔からそうなんです。テレビゲームの開発者時代も、社内の人間はゲームがどこで売られるかを考えなさすぎると思っていました。それは発信の仕方も同じで、全然納得いかなかった。
――具体的には何が足りなかったんでしょうか。
実際に遊ばれている現場を見ている人が少ないということですね。テレビゲームの製作者って、音楽で言うスタジオミュージシャンなんですよ。ライブをやったことがない。つまり、お客さんの反応を見たことがないわけです。
――Twitterの反応だけでは足りませんか?
Twitterで現場感を得るのはムリだと思います。実際に遊んでいるお客さんから遠ざかるし、意見が偏りますよね。Twitterで発信するような人にしかフォーカスできないわけですから。
ぼくが大事だと思うのは、遊んでいる人の後ろから見たことがあるか?というレベルの話なんです。その点、Youtubeの実況プレイは消費者の反応を見る点ではいいかもしれません。それでも、Youtubeで配信ができる人だという意識は忘れてはいけないですけどね。
開発側にはまだまだ現場感が薄いんじゃないかな。ぼくがお店をつくったのは理由の一つは現場感にあります。つまり、ライブ(イベント)がそこでできるわけですよね。お客さんにゲームを紹介しながら、「あ、こういうところがわからないんだ」と肌で感じることができるんです。
「すごろくや」とボードゲームのこれから
――起業当時はボードゲーム専門店でスタートしました。いまより市場が小さかったわけですが、コアファンに媚びないお店づくりに躊躇しなかったんですか?
なかったですね。ぼくにはいまに至る道筋が見えていましたから。ただ、ぼくがゲームの開発者だったからか、お店を開いたとき、周囲からは「突然、おもちゃ屋の店主を始めた」ぐらいにしか映らかなったと思います。
当時のボードゲームのお店はマニア向けがほとんどでした。でも、自分としては、万人におもしろがってもらえるゲームを作りたかったんですよ。ゲームを作ることはいまの総合的な事業を展開することにも含まれていて、そのためにはお店という足掛かりというか軸がないと、作っても売る場所がないと考えていました。
――「すごろくや」のいまの展開は、最初から考えられていたものだったわけですね。
ゲームを開発できる人間がすべてを掌握して、ゲームを作る、売る、おもしろさを伝えるときにやれることを全部やっているという感じです。
総合的に展開しているからこそ、「すごろくや」の強みである、いい作品を探す目、ゲームに合った翻訳、効果的なプロモーションを実現できるんです。
――うまくいったプロモーションを一つ挙げるとしたらなんでしょうか。
『ナンジャモンジャ』を発売したときに打ったキャンペーンは、うちにしかできなかったことです。『ナンジャモンジャ』は、謎の生物“ナンジャモンジャ”族に、自分のセンスで名前を付けていくゲームなんですけど、タレントの伊集院光さんがナンジャモンジャに付けた名前を予想してもらったんです。
すると、応募者は伊集院さんのことを考えるわけですよね。「こういうセンスで考えるんじゃないかな?」と。これをおもしろがってくれたYoutuberやメディア関係者に取り上げられて、大成功を収めました。
「商品を買ったら、現金や景品をプレゼント」という形のプロモーションだったら、ここまでうまくいくことはなかったと思います。
日本でも大ヒットした『ナンジャモンジャ』。ローカライズして販売したのが「すごろくや」
――ボードゲームが注目されているいま、新規参入する同業他社は増えましたか?
増えたと思います。そして、薄利多売をするところが増えた。同じボードゲームを安く売るので、もちろん危機感はあります。薄利多売で売れるときに売ってしまおうと考える業者は、ゲームの魅力の紹介に手間をかけようとはさらさら思っていません。
だからこそ、「自社でつくったり、発信を増やしたり、イベントをしたりといった手間がしっかり利益になりますよ、仕事になりますよ。だから、手間に反して価格を落とすようなことはやめよう」ということも広めていくことが大事だと思っています。
――丸田さんが最終的に目指すゴールを教えてください。
ぼくが目指すのは、いまの音楽のように、みんなが自分でゲームを作れるものだと思える状況にすることです。40~50年前は、誰も自分で音楽を作れるとは思っていなかったと思うんですよ。フォークソングブームやバンドブームがあって、音楽番組が流行って、自分たちでも気軽に音楽がつくれるという意識が広まった。
ゲームもまったく同じだと思うんです。自分でつくる視点が生まれれば、ゲーム開発者への尊敬も含めて、ゲームの楽しみ方も変わるはずだと思っています。
丸田さんがオススメする定番・最新ゲーム
ボードゲームの魅力がつまった定番
『カルカソンヌ』
(6歳~/2~5人用)
都市や道、修道院などさまざまな地形が描かれたタイルを並べながら、自分のコマを配置し、より多くのポイントを獲得していくゲーム。都市が広がっていくロマンを感じることできる上に、戦略性も適度にある。すべての要素の平均点が高い作品。
大人向けのワードゲーム
『デクリプト』
(12歳~/3~8人用)
2チームに分かれ、相手チームにバレないようにヒントとなる言葉を引き出すワードゲーム。チームメイトには伝わるように、相手チームにはわからないような言葉を考え出す必要がある。大人向けで、ワードセンスと相手への共感力が求められる。
注目の新作推理ゲーム
『ザ・キー』
(8歳~/1~4人用)
プレイヤーは捜査官となり、3人の容疑者が起こしたとされる盗難事件を解決していく推理ゲーム。ヒントが書かれたカードをかき集め、容疑者が「いつ」「何を盗み」「どうやって逃げたのか」その3つの要素を完全に特定する。事件が9つ用意されているので何度でも楽しめるのが特徴。
子どもに大人気のゲーム絵本
『ドラゴンをさがしに』
(4歳~/1人用)
物語が変化するゲーム絵本。冒険者となって村から旅立ち、状況ごとにときどき迫られる選択と分割ページによってストーリーが分岐する。初版が売り切れたため、7月上旬に1万部増刷した。すごろくやがローカライズを担当。丸田さん曰く、「すごろくや以外では、このクオリティーの翻訳はできなかった」。ゲームとしての選択肢の妙をはじめ、単なる情景描写にならないような工夫が必要だったとか。
究極のシンプル麻雀
『すずめ雀』
(6歳~/2~5人用)
シンプルながら、ドキドキする駆け引きも楽しめる麻雀風の新しい雀牌ボードゲーム。元々『オールグリーン』というシンプルな麻雀ゲームがあり、そのおもしろさに注目した丸田さんが作者に声をかけ、協力して新しくつくり上げた、すごろくやオリジナルゲーム。
協力型ゲームの名作の続編
『パンデミック・レガシー』
(13歳~/2~4人用)
プレイヤー同士が協力して勝利を目指す、協力型ゲームの金字塔的作品『パンデミック』をベースに、くり返し遊べるように改良された作品。4つの病原体が人類の生存圏を脅かす前に治療薬を発見し、アウトブレイクを防ぐことを目指す。
すごろくや
〒166-0002 東京都杉並区高円寺北2-3-8 日光ビル2F
TEL:03-5356-8869
◤ あわせて読みたい ◢
絵本作家が教える、好きなことで生きていくための絶対条件