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  • 執筆者の写真Byakuya Biz Books

大型書店でもセレクト書店でもない、Titleが歩む独自の道

更新日:2022年4月29日



数ある独立系書店と呼ばれる本屋の中でも「理想形」と評されるのがTitleだ。店主の辻山良雄さんは大学卒業後に大手書店チェーンのリブロに入社し、広島店や名古屋店で店長を歴任後、池袋本店のマネージャーとして活躍した経歴を持つ。そしてリブロ池袋本店の閉店(2015年7月)を機に独立し、新刊書店のTitleを開業。コアな読書ファンだけではなく、地元荻窪の住民からも愛される街の本屋として、開業から5年を迎える。長引く出版不況に追い打ちをかけた新型コロナウィルス……Titleが愛される理由をひもとくことで、この苦境をサバイブするヒントを考えてみたい。



新刊書店を開業するのはむずかしい?


――開業してまもなく5年になりますが、ふり返ってみていかがですか?

あっという間でしたね。毎日、本を紹介して、本を売る――何も変えずに続けてきました。並べている本はその都度変化しますが、店内のレイアウトも開店当時から同じです。荻窪という土地を選んだことも含めて、自分のイメージ通りに進めてこられたという感じでしょうか。

ただ、本を売ることは年々むずかしくなっていますし、予想していなかったこともたくさんあります。特に緊急事態宣言が発令されたときは、しばらくお店を閉じました。

――書店の営業自粛をはじめ、出版業界にも大きな影響が出ていますね。

Titleに限って言えば、WEBショップの売上が伸びたんです。外出できない日々が続いて多くの人が内省的になったせいか、本が求められたように思います。ブックストア・エイド基金やミニシアター・エイド基金など、社会の動きにもシンクロして、お金の使い方により意識的になったことも影響していますね。


Title店主、辻山良雄さん。1972年、神戸市生まれ。早稲田大学政経学部を卒業後、リブロに入社。2015年10月に退職し、2016年1月に東京荻窪に「Title」を開店。著書に『365日のほん』(河出書房新社)、『本屋、はじめました 増補版』(筑摩書房)、画家・nakabanとの共著『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)などがある


――Titleは新刊書店(新品の本を扱う書店のこと)です。辻山さんのように個人が新刊書店を開くケースはほとんどないそうですが、本屋は経営がむずかしいのでしょうか?

それもありますが、主な理由は初期投資がかかることだと思います。書店で働いていた人が独立しようと思っても、そもそも元手となるお金が貯めづらい。その上、本を仕入れるために必要な出版取次との契約も簡単ではありません。

Titleは日販(※)と契約していますが、日販やトーハンと契約するためには、ある程度の売り上げが見込めて、その上で信任金も必要です。数カ月分の敷金みたいなものですね。そうした金銭面を考えると、立ち止まってしまうんだと思います。

※日販……日本出版販売株式会社。株式会社トーハンとともに出版取次の最大手で、書籍や雑誌の流通の大部分を担う

――大手の取次と契約しないと本がそろえられない?

たとえ大手の取次と契約しなくても、かなりの部分をカバーすることができます。子どもの文化普及協会をはじめ、中小の書店でも契約できる取次はありますし、出版社と直接取引することもできるからです。

ただ、大手出版社から地方の小さな出版社まで、いろいろなところから本を仕入れて並べるというのはむずかしい。大手の取次を通すことで、本が好きな人が買う本もそうではない人が買う本も並ぶ、バランスのいい品ぞろえのお店をつくることができるんです。


NHKテキストをはじめ、一般誌も取りそろえる


――独立系書店といえば、店主の嗜好が色濃く反映されて、そこにファンがつくというイメージがありました。

個人で経営しているので、私の嗜好はお店に反映されています。ただ、リブロで18年働いていたので、自分の好きな本だけが本ではないことが身に染みているんです。リブロでは池袋のような大きい店だけじゃなく、もっと地域に根差した、高齢者向けの健康本がよく売れるお店にもいました。

『STUDIO VOICE』(カルチャー雑誌)も『きょうの健康』も、本としてはまったく等しいわけですよ。Titleは大型店の要素を盛り込んだ小さなサイズの本屋なので、自分の趣味嗜好だけではお店として成り立たないんですよね。

――たしかに、いろいろな方が来店していますね。

そうですね。『コロコロコミック』の発売日に子どもが一人で買いに来たり、お母さんと一緒に来たりもします。この店で求められるのは海外文学や芸術、人文書などいろいろありますけど、そういう本が好きな人だけではなく、こういうお店は自分とは関係ないと思っている人にも入ってほしい。ですから、お店のディスプレイには『週刊文春』とか大衆向けのものを飾るようにしています。



大型店「リブロ」と個人店「Title」の違い


――書店員として大型店と個人店を経験してみて、それぞれの良さとむずかしさは何ですか?

リブロ池袋本店のような大型店はやる気のある人にとってはパラダイスです(笑)。いろいろな本が見られるし、配本も恵まれています。特にリブロ池袋本店は売れるお店だったので、トークイベントも開催しやすい環境でしたね。

そうは言っても会社なので、売り上げが落ちれば人件費を削る話になったり、ヘイト本とか売りたくない本を売るケースもあります。たとえばヘイト本とリベラルな内田樹さんの本が一緒に並んでいたら、売り場の人間は違和感を覚えますよね。それでも、売れているという理由で同じ平台に置かざるをえない。

もしもヘイト本を外したら、数字を見た上司に「なんで売れている本を置いていないんだ」と言われるかもしれません。そういう数字の弊害は大型店に限らず、会社としてのむずかしさと言えますよね。

個人店なら、そういうものからはある程度、解放されます。お店にある本は基本的には自分がよしとして並べているので、そこには何の齟齬もありません。そしてそれが商売になって続くというのは心の安定としてはすごくいい。

逆にむずかしいところは、拘束時間が長いことですね(笑)。休みの日もお店に来たり、文章を書いたり、結局は仕事に関することをしていますから。人生=お店みたいな生き方を選択できればいいけど、完全に分けたい人には向いていないですね。


辻山さんの著書『本屋、はじめました 増補版』(筑摩書房)


――リブロ池袋本店では主に何を担当されていたんですか?

マネージャーとして書籍館全体を見ていました。現場ではなく奥に引っ込んで、「あの出版社の本は結構売れるから、今日は何十冊売れたな」みたいな、数字とにらめっこすることが多かったです。

――Titleでも日々の数字は追うんですよね。

実はチェックしていないんですよ。リブロのときと違って、自分がずっとお店に立って見ているので、1カ月間の数字をふり返って「これが何冊売れたから、このジャンルをもっと広げよう」みたいな思考にはならないんです。

ただずっとこの仕事を続けていると、たとえば社会学者の岸政彦さんの本が出たら、小説はこれくらい、社会学の単著はこれくらい、ただ共著はこのくらいかな……というのがわかる。いちいち数値化はしませんけど、そのほかの本も同じように把握しています。

――個人経営な分、リブロの頃より数字に敏感なのかと思っていました。

Titleだと数字よりもすべてのことがリアルにわかるんですよね。「今日は近所のあの人が本を買っていったな」「この人はこういう本が好きだから、新刊が入ったら買うだろうな」という経験が積み重なっていく。本の後ろにいる人が実態として見えるというか、それが固まりとなってお店の売上になり、経営が成り立つみたいな感じです。

――Titleには現在、何冊の本が置いてあるんですか?

約1万冊で、ほとんどが店頭に並んでいます。毎日4~5箱の段ボールで新刊が届くので、何を入れて何を抜くか(返品する)決めながら、開店前に棚に並べていきます。そのため、毎日棚が変わります。

――結構ハードですね……。

自分が頼んだ新刊しか入ってこないし、だいたい入ってくる分が売れたということでもありますから。


海外文学をはじめ、文芸も豊富


――「○万部突破!」や「○○賞受賞!」など、世の中の売れ筋を意識して仕入れをすることはありますか?

ほとんどないんですよ。お店に置く必然性がない本は、たとえベストセラーでもまったく売れません。開店当初は東野圭吾さんや池井戸潤さんの小説を置いてみたんですけど、売れ行きが伸びなかった。それよりも、お店で紹介して広めたメイ・サートン(アメリカの小説家)がじわじわ売れたりするんです。

いろいろな種類の本を置いていても、すべて自分で選んだ本を仕入れていますから、フィルターが薄くかかっているんでしょうね。だから、そうではない文脈の本を持ってきてもうまくフィットしないんだと思います。

――お店のラインナップに人文や文芸、芸術など、ゆっくりと時間をかけて読む本が多いのは、辻山さんの読書経験が生かされているんですか? 

若い頃はよく海外文学や哲学、歴史の本を読んでいました。何か仕事に役立てようと思って読んだものではありませんでしたが、この店をやるにあたっては、これまで読んできたものが何となく出ていますね。

――大衆向けの本であれ専門的な本であれ、辻山さんの価値観で統一されているからこそ、棚づくり、その結果であるお店に独自性が現れて、多くの人を引き付けるわけですね。

自分の中に積み重なってきたものが、その人の魅力をつくると思うんですよね。俳優として演技がすごく上手でも、その人から湧き出るものが何もないと、ただ演技がうまいだけの俳優になってしまいます。会社でも同じで、エクセルの計算式とか実用的な知識は必要ですけど、仕事を任せたり、依頼を引き受けてみようと思うかどうかは、最終的にはその人の人間性に負っているはずです。

そして、それは今日勉強して明日出てくるようなものではないし、昨日読んだ教養書の知識をひけらかして出てくるものでもありません。その人が何を選び、何をおもしろいと思ってきたのかに現れるものですよね。

――大型店ではそういう個性は出しづらいですか?

できなくはないですね。それぞれの棚に担当がいますから、本を並べる=その人が選んでいることになります。実際、よく言われたリブロっぽさというのも、80年代に「書店の店頭は編集行為だ」と意識した今泉正光さんをはじめとした先輩方がつくり上げたものです。そのDNAは池袋本店が閉まる頃には薄れてはいたものの、踏襲されていました。

ただ個人店のほうが特徴ははっきり出ますね。お店の大きさも影響します。チェーン店は狭くても100坪くらいはありますから、置ける本の量が多くなるほど、担当者の色は薄くなるというか、見えづらくなると思います。



新刊偏重!? 蛸壺化する社会の中で、意外な本を発見する意義


――書店には新刊や既刊など、さまざまな本が並んでいますが、売上の比率はやはり新刊が多いんですか?

一般的には、全体の売上のうち平積みが7割、棚差しが3割と言われています。そして平積みされるのはたいてい新刊なので、必然的に新刊の割合が多くなりますね。最近はSNSで情報を取る人が増えていて、SNSでは今のことが話されることが多いので、余計に差がつく傾向にあるのかもしれません。

――Titleでは平積みされているのは必ずしも新刊ではありませんよね。

そうですね。ずっと売れている本に関しては、それが昨年出たものであっても平積みになっています。それは新刊に頼らない経営をしたいからなんですけど、新刊を支えているのは過去に出版された本です。ですから、そこはおろそかにしたくないんです。

Titleでは毎日棚が変わるとお話ししましたが、棚をしっかりつくっていない――何となく1冊だけ棚差しにしてあとは返本していると、棚がだんだん荒れてくるんです。そうなるとますます棚から売れなくなり、新刊偏重になってしまいます。


店内中央にある新刊台


――なるほど。本屋に行く魅力の一つが意外な本の発見だと思いますが、お店側の本の並べ方にも左右されそうですね。

店内にはジャンル分けの表示もPOPもありませんが、それはお店に入ったら全身でお店を感じてほしいという気持ちもあるからです。それでも、知らない本に触らない人は多いなと思いますね。リブロ時代は現場で見ていてもそこまで感じなかったというか、今もお客さんを凝視しているわけじゃありませんが、何となくわかるんですよね。

目的買いをしていただけるのはもちろんありがたいことです。ただ、「○○はありますか?」「これですね」というやり取りで終わってしまったら、Titleでなくてもいいわけですよね。それだとちょっとさびしい。もう少しその周囲も見てほしいんです。

単純にもったいないなと思うんですよね。私は人文系も絵本も暮らしの本も好きなんですけど、それぞれのジャンルの中でていねいに作られていたり、美しい装丁のものがたくさんありますから。


一般流通の本ではないリトルプレスも扱う


――最近は本に限らず、知らないものに出合う機会が少なくなっているように思います。

いろいろなものが蛸壺化されていますよね。SNSなら自分と似た考え方に触れることがほとんどですし、現実でも出会わない人とは出会わない社会になっている。でも、お店をやっていると、〈違う人〉と触れる機会がたくさんあるんです。

それは街にお店があるからで、本が好きな人だけではなくて、フラッと立ち寄るタクシー運転手やおばあちゃんとも出会います。それぞれ違う人が寄り添って一つの社会を形作っていることがリアルに感じられるというか。

そういう実感もあって、店内には数多くの種類、世界観の違う本を、棚にぎっしりと1冊1冊並べています。そうすることで、小さなお店でも多様な世界を抱え持つことになり、知らなかったものや価値観を発見してもらえるんじゃないかと思っています。

――辻山さんはWEBサイトやTwitterで「毎日のほん」を更新して、いろいろな本を紹介していますが、最終的にはお客さんが自分で本と出合ってほしい?

最終的にはそうですね。Titleの経営は、本を商うことで社会を良くしたいなと思ってやっている部分もあるんですよ。社会を良くするっていうのは、「誰かがこういったからこうしましょう」「長いものに巻かれましょう」ではなくて、一人ひとりが自分で考えて、自分の行動を決める。そういうイメージなんですよね。


「毎日のほん」は店内にも掲示。WEBでこれを見て買い求める人も少なくないそう



お店の将来と出版業界のこと


――出版業界では長らく本が売れないと言われていますね。


もう30年ぐらい言われていますね(笑)。


――そういう状況はずっと続くと思われますが、今後、お店をどうしていきたいですか?


特に明確なものはないんですよ。本屋という場所があることで、いろいろな本が来て、いろいろなお客さんと話せて。今はできないですけど、イベントで著者と関わりを持つこともできます。幸いなことにそれで生活ができているから、本屋という場所を維持していきたいと思いますね。

――チェーン店の誘いなどもあると思いますが、Titleを拡大していきたいという考えは?

まったく思ってないんですよね。お店を拡大していくと、だんだん機械的な数字となってしまいますし、それがやりたかったわけじゃないですから。自分でお店を経営することで、自分らしく生きて、その上でまわりの人たちの役に少しでも立ちたいだけなので、あまり手広くして儲けたいわけじゃないんです。運営こそ株式会社の形態ですが、そもそも起業という意識がなかったですから(笑)。


2Fはギャラリー。さまざまなクリエイターの作品を展示している


――出版業界はどうなっていくと思いますか?

より本質的なものが残っていくと思います。日本の人口が減れば、業界自体がスケールダウンしていくでしょう。外からは「縮小してるな」と見えるし、中には辞めざるをえない人も出るなど、痛みを伴うことでもありますから、それがいいことだと言いたいわけではありません。

ただそういう状況が進む中で、もともと出版って、編集者が良いと思ったものを本という形で世の中に届けようとして、本屋はその思いをくみ取って、自分たちの仕入れでお店を表現してきました。ところが、ある程度売れているときは機械的になってしまったし、それでもうまく回っていました。

それがもう一度健全な形になっていくんだと思います。そこに至るまではしんどいかもしれませんが、本が、本屋がゼロにはならないということは、お店を5年間経営してみて確信していますから。


 

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TEL:03-6884-2894

営業時間:12:00-21:00(現在、19時までの短縮営業)

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